第2話 魔の森へ
スネークヘッドの街から北東へ歩くこと二日。魔の森の外周部が見えてくる。
魔の森は多くの動物やモンスターが生息していて、食材も豊富だ。それなりのサバイバル知識があれば、森の中で生活していくことも難しくはない。
父が生きていた頃に俺は何度か魔の森まで来たことがある。長い時は父と一緒に一か月ほど魔の森で暮らしたものだ。雪が積もり食材が極端に少なくなる冬はともかく、他の季節なら生きて行くことに不安は無い。
しかし俺は「ただ生きる」ことを目的にしていない。
俺は街に戻り、奴らに一泡吹かせてやろうと思っているんだ。ただ無為にここで暮らすわけにはいかないだろ?
俺は魔の森でレベルを上げる。多少ではない。目標は熟練した冒険者以上のレベルを目指す。ついでにトレーススキルの熟練度もできる限りあげよう。多少の役には立つだろうから。
熟練冒険者ほど強くなれれば、街で俺よりレベルの高い者はいなくなるだろう。そして、アウストラ商会と対立する荒事専門組織に属しトップを目指そう。スキルにもよるけど、純粋な力比べだと俺に敵う者はいなくなっているはず。
もちろん、アウストラ商会だって荒事組織は抱えているだろうから、そいつらと抗争することになるだろうな。ここをきっかけに……。
将来の展望を考えているうちに、魔の森の目前までやって来た。
季節は初春。少し肌寒いくらいだけど、準備は万端だ。俺は身の丈ほどもある背負子をポンと叩き周囲を警戒しつつ、慎重に歩を進めて行く。
父と寝泊まりした小屋はまだ残っているだろうか?
ここに来るのは三年ぶりだからなあ……。
◆◆◆
傷みが酷くなっていたが、小屋はまだ使える状態で残っていた。ホッと胸を撫でおろし、荷物を小屋の中に置く。
小屋は大人三人が寝てもゆったりできるほどの広さがあり、一人だと大きすぎるくらいだ。
まずは小屋を修理しつつ、食材集めと行きますか。
この日からお昼までは山菜集めをしつつ、野ウサギや猪用の罠を張っていく。狩りをしてもいいんだけど、怪我をする可能性もあるし最初は慎重にな……。
食材の蓄えができ、拠点の修繕が終わったら狩りに繰り出そうと思っている。
最初はノンビリ行こうじゃないか。そのうち移動するつもりだけど……。
お昼からは斧で木を伐採し、小屋や炉などの修繕に当たる。
あ、そうか。使える限りトレーススキルを使った方がいい。スキルというのは使えば使うほど熟練度があがるんだ。いくらレベルをあげてもスキルを使わなければスキル熟練度はあがらないから……。
斧を振り、木に叩きつける動作を「記憶」し、トレーススキルを発動し「実行」。んー。斧の振り方が甘いな。せっかくだから、理想的な振りになるまで繰り返すとしよう。
お、これだ。
三十回くらいやったところで、自分なりに渾身の振りができた。満足したところで、トレーススキルを使用する。
お、おお。いいね。この振り。
調子に乗って何度も繰り返していたら、日が傾いてくる。
ま、まずい。周囲に罠を張っていない。
この小屋がある場所は魔の森でも穏やかな浅層と呼ばれる地域にあたる。魔の森は大きく三つの地域に分かれていた。それは、浅層・中層・深層だ。奥に行けば行くほど、動物の数が少なくなりモンスターが増えていく。
深層ともなると、熟練の冒険者でも苦戦するようなモンスターが多数生息している。反対に浅層では猪や熊程度の猛獣はいるものの、モンスターの姿は滅多に見ることがない。
浅層は比較的安全とはいえ、もちろん夜を全くの無警戒で暮らせるわけじゃあないんだ。寝込みを猛獣に襲われたらひとたまりもないからな。
罠を張り、警戒態勢を構築したらようやくご飯だ。
俺はご飯を食べた後、小屋に入り就寝したのだった。
◆◆◆
一週間が過ぎる。
生活は順調。ひたすら斧を振るっていたらトレーススキルの熟練度があがったらしく、二つまで「記憶」できるようになった。
もう一つ気が付いたことがある。
自分の中で最高の一振りだと思っていたんだけど、トレーススキルを使わずに振ってみたところ、より高い領域まで自分が到達していたことが分かったんだ。
何度も同じ動きで振るっているうちに、いつしかその振りが当たり前のものとして身についたようで、記憶していた振りをベースにしたものだから、更に上の振りを模索することができたんだと思う。
これをきっかけに俺は定期的に自分の斧の振りを見直すようになる。
斧に加えて、もう一つ「記憶」できるようになったから、ナイフの練習もはじめることにした。
三週間が過ぎる。
時間がある限り、スキルを使っていると記憶できる時間が伸びた。これまでは一振りが限界だったんだけど……五を数えるくらいまで記憶することができるようになる。
なので、連撃の練習をはじめることにした。この頃になると木を切り倒し過ぎて近くに木が無くなってしまったから、ナイフ、剣の練習に切り替える。
三か月が過ぎた。
そろそろ、狩りにもっとも必要な弓の練習をすることにしよう。記憶できる数は五になり、時間も三十を数えるまでになる。
これだけ長く「記憶」ができるのならと、俺は矢の制作にトレーススキルを取り入れた。記憶数を三まで使い、ポイントポイントでスキルを発動していくと一石二鳥だ。
残りの二つは弓の練習と、手を振るだけの動作に使うことにした。こうすることで、常にスキルを使っていることができるってわけだ。
そして半年――。
季節は秋になる。秋は食材が最も豊富になる時期なんだけど、俺はどうすべきか迷っていた。
それは、中層に行くかどうかってことだ。俺はまだ森で冬を超えたことがない。最初の冬は浅層で無難に過ごそうと思っていたんだけど、トレーススキルを取り入れた武器練習のおかげで劇的に俺の技巧はレベルアップしている。
こうなれば予定を繰り上げて中層に行きたくなるのも分かるだろう? いずれにしても冬を超えたら中層に行くつもりだったんだ。早いか遅いだけ。
もちろん、この半年の間に中層まで遠征し、モンスターと戦った経験もある。
夜までどうすべきかトレーススキルを使いながら考えていたら、アーシャの胸を揉みしだくファールードの姿が頭に浮かぶ。
俺は頭をハンマーで撃ち抜かれた気分だった。俺は何をしにここに来たんだ? ノンビリと暮らすためじゃあないだろ。奴らに一泡吹かせてやる。その思いで来たんじゃなかったのか。
なら、迷う必要なんてない。一秒でも早く前へ進むべきだ。
自分の激情をぶつけるためだけに、スキルを使って剣を振るう。
この時、俺の頭に紙に書かれた文章が浮かぶ。
『熟練度五十に達しました。「繰り返し」が使用可能になりました』
「繰り返し……」
俺は呟く。
試してみると、これはすごい。意識せずとも「記憶」と「実行」を繰り返すことができるのだ。
これで寝ている間にもスキル熟練度をあげることができるぞ。
――翌朝、俺は中層に向かう。
下調べした通り、近くに水場がある場所へ迷うことなく到着した。歩く間も全てトレーススキルを使ってここまで来たから熟練度も多少あがったみたいだ。
記憶数が更に増えたぞ。
さっそく、斧で木を切り倒し、鎌で草を刈り場を整えて行く。
途中オーガって人型の巨人が襲撃してきたけど、落とし穴の罠にはまってくれたから、いい弓の的になった。
中層では積極的にモンスターを狩り、レベルをあげるとしようか。もちろんスキル熟練度上げも手を抜かないぞ。
俺はニヤリと笑みを浮かべ、簡易的なテントに潜り込み就寝するのだった。
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