第64話 ウィスプのカラクリ

 これでウィスプを倒したのか……左右を確認し、ウィスプが出現していないことが分かるとそのまま地面に膝をつく。


「どうだったかな?」


 座ったまま俺へ目を向けるエルラインは、クスクスと子供っぽい笑い声をあげる。


「つ、疲れた……手ごわかった」

「レベル的にはウィスプの方が全然低いんだけどね」

「そうだろうな……」

「さてと」


 エルラインはゆっくりと立ち上がると、スタスタと座り込む俺の目前に立つ。

 近寄る彼を見上げていると、彼は杖を俺へ向けた。

 まさかここで彼が俺を攻撃するわけはないだろうと様子を伺っていたら、エルラインは呪文を唱え始める。

 

「キュア」


 緑色の光が杖から伸びてきて俺の体を包み込んだ。

 ウィスプにつけられた傷が熱くなってきたかと思うと、傷口が塞がっていく。

 

「ありがとう。回復魔法は初めてみたよ」

「ふうん。君は回復手段を準備せず戦おうとしたのかい?」

「いや、さすがにそれは……ポーションなら大量に持ってきているよ」

「よくもまあそれで魔の森で生き残ってきたものだ」

「魔の森には薬草だってあるし……」


 俺にとっては人の悪意が無い分、魔の森の方が安全とさえ思えるんだけどなあ。

 魔の森は実質俺にとって第二の故郷みたいになっている。魔の森に行くと落ち着きさえ感じるんだから……。

 

「で、戦ってみてどうだったかな? 何か思うところはあったんだろう?」

「うん。いろいろ収穫があったよ。俺がいかに慢心していて、魔法に対しても無知だと分かった」

「ふうん。傲慢にならずストイックに強くなることを求めるところは君のいいところだね」

「いろいろ、聞きたいことがあるけど。その前に……」

「なんだい?」

「エルラインのウィスプをぶった切ってしまったけど……」

「うん、君の考えている通り。ウィスプは無事だよ。ほら」


 エルラインが杖を振るうと、ウィスプが中空から現れる。


「どうもっす! またやるんすか? 少し休ませて欲しいっす!」


 ウィスプは出て来るなり、そうのたまった。

 

「うん、しばらく休憩していていいよ。ウィレムに見せたかっただけだから」

「分かったっす!」


 ウィスプは赤い光を体から放つと共にその場から消失する。 

 

「じゃあ、答え合わせをするかい?」

「ぜひ、解説をして欲しい。ウィスプとの戦闘では分からないことだらけだ」

「それが聞きたいことでいいのかな?」

「うん。もう一つあるけど、それは後でで」

「了解」


 エルラインは再び椅子へ腰かけると優雅に紅茶を口に運ぶ。

 ウィスプはレベルが俺よりかなり低いんだけど、的確にダメージを与えて来た。これは当初俺の油断もあったが、後半は違う。

 俺は本気でウィスプに切りかかり何とか勝利を掴んだんだ。


「君の疑問はウィスプが六体いたことかな」

「うん。それに魔法ってあんな短時間で連発できるものなんだっけ?」

「なるほど。そうだね。どちらも魔法だよ。あのウィスプはそれなりに魔法を使いこなす」

「へええ。魔法ってすごいんだな……」


 ウィスプが六体になったのはミラージュエコーっていう高等魔法で、六体に分裂することができる。

 といっても、全個体が同じ能力を持つわけではなく本体と希薄な五体って感じだ。

 魔法の名前の通り、蜃気楼ミラージュを五体作り敵を翻弄する。まあ、これだけだと大した魔法ではないんだけど、この魔法はこの先に真価がある。

 蜃気楼の五体は本体が魔法を使うと復唱エコーする。つまり、ファイアボールを唱えると他の五体もファイアボールを唱え魔法を発射するってわけだ。

 もちろん、同時に六発発射する分のMPは消費する。

 ミラージュエコーかあ。俺も使いたい……しかしMPが無いから魔法は使いたくても使えないんだよな。

 無いものねだりしても仕方ない。俺は俺の強みを生かすだけだ。

 

「もう一つ。魔法の発動間隔は本人の熟練と魔法の難易度によるね」

「剣や弓の修行と似たようなものか。練習すると早くなる?」

「うん。魔法の難易度は概ね消費MP量だと思ってくれればいい」


 そう言われましてもお。MPが無いし魔法の知識がないから分からん。

 エルラインに「もう一つ」と言ったのはまさに魔法のことなんだ。俺は魔法の知識がまるでない。


「エルライン。何か魔法の効果やらをまとめたものとかあるかな?」

「あるけど。本気かい?」

「あ、いや。全部の魔法を調査しようなんて思ってないんだ。戦闘に特化した形で主だった魔法の効果を知りたい」

「また随分と大雑把だね。そうだねえ。まずは千鳥に概要を聞くといい」

「そうだった。それににゃんこ先生もいるじゃないか」


 千鳥は簡単な魔法なら使えると言っていたし、にゃんこ先生に至っては魔法の専門家じゃねえか。

 身近に魔法に詳しい人が何人もいるのに、ことここに至るまで魔法は使えないからという理由で触れないようにしていた。

 しかし、魔王はきっと魔法を使う。だから、魔法のことをちゃんと知っておかないと……。

 

「一つ聞くけど、ウィレム」

「ん? 何だろう」

「君は魔王対策に魔法の概要を知りたいんだろ? 魔王が使うだろう魔法だけ見ておけばいいんじゃないのかな?」


 やっぱり魔王は魔法を使うのか。予想通りだけど……げんなりするよ。


「お、おう。その通りだけど、分かるの?」

「君は僕のスキルを理解したんだろうに……」


 はああとため息をつかれてしまった。

 そうだった。エルラインのスキルは「オールワン」。この世の全てを知ることができるとんでもスキル……。

 

「魔法の概要を聞いてからエルラインに魔王の魔法を聞いてもいいかな?」

「いいよ。元からそのつもりだったからね。で、ウィスプのことはもういいかな?」

「うん。俺は対魔法戦の経験が余りない。魔の森だと魔法を使うモンスターって僅かだし、直接攻撃する魔法以外使わないからね」

「魔の森はともかく、街での戦いで魔法使いに会わなくてよかったね。まあ、君の場合、精神攻撃系は全て聞かないけど」

「え? そんな魔法があるの?」

「……先に千鳥へ聞いてきてごらん」

「うん、分かった。あ、あと……」

「なんだい?」

「もし修行ができるのなら、ここで修行をしたい」

「そうだね。ここで学べることは学んでおいた方がいい」

「ありがとう」


 俺はエルラインに礼を言って一旦地下からみんなが待つ一階へとへ移動することにしたのだった。

 

 ◆◆◆

 

 一階に来るとなんだかベースキャンプが出来つつあった。動きがはええ。

 村雲と千鳥は旅慣れているから、彼ら二人が率先して拠点作りをしているようだ。

 塔の中だと屋根があるから、何もなしでも寝ることはできるんだけどより快適に過ごすためかそれぞれのテントを設置してくれている。

 テントは千鳥と村雲の父子以外はみんな一人用の円形テントだ。中央に棒を立て、そこを軸に円形になるように骨組みを作る。骨組みができたら布を被せ形を整えて完成と簡易的なものになる。

 それでも、野宿するより余程快適にすごぜるんだぜ。

 

「手伝うよ」

「でしたら、ストーム殿はそれをテントの中へ」

「りょーかい」


 クルクルと巻かれて紐で縛られた熊の毛皮の封を解き、テントに設置していく。これがあるとないじゃあ中の心地良さが段違いだからな。

 塔の床は石でできていて硬いから、毛皮が無いと寝て起きたら体が痛くなってしまう。


 拠点が完成し、夕食を作り終える頃ちょうど日が暮れる。

 夕食の時ににゃんこ先生が魔法の講義をしてくれるみたいだから今から楽しみだ。

 

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