第51話:嗚呼、隠居生活……?

 ——そして、数日後。


「なかなかやるようになったじゃないか!」

「くっ! ま、まだまだあっ!」

「負けないっすよ!」


 我はシェイラとアヤの二人を相手に模擬戦を行なっている。

 幼馴染である二人の連携は素晴らしく、阿吽の呼吸と言うのだったか。お互いがどう動くのか、口にせずとも分かっているようだ。

 サラとバランの指導もあってメキメキと力を伸ばした二人を同時に相手するのは多少骨が折れるが、それでも実際に成長を確かめられるのはいいことだ。


「はあっ!」

「うむ、良い蹴りだ!」


 スカイウェンを軸にして放たれたシェイラの回し蹴りを左手で捌き、次に放たれた横薙ぎをシルバークローで受ける。

 そこに背後から迫るのがフォレシールを握るアヤ。

 魔法剣の軌跡が駆けるアヤの後方に残されていく。

 右には炎、左には氷の魔法が付与されており、相対する魔力を完全に制御しておる。


炎蛇えんじゃ! 氷豹ひょうひょう!」

「面白い組み合わせだな!」


 右の剣に巻きついた炎蛇が回避した我へと鞭のようにしなり、左の剣に対して飛び退くが氷豹が氷の礫となり襲い掛かる。


「ふんっ!」


 炎蛇と氷豹に対して、我はシルバークローを力一杯袈裟斬りに振り抜く。大剣としての重さも相まって爆風が巻き起こり炎蛇と氷豹が軌道を変えてぶつかり合ってしまう。

 直後には炎蛇が氷豹を溶かして蒸発——水蒸気が周囲を包み込んだ。


「ちょっとアヤ! 見えないじゃないの!」

「ご、ごめんっす!」

「——甘い」

「「あっ!」」


 二人が声を上げたのとほぼ同時だっただろう。我は手刀を連続で首筋に当てることで勝負を決した。


「二人とも、十分に成長しているな」

「うぅぅ、だけど完敗です」

「手も足も出なかったっす」


 成長の手応えがあっただけに、二人の落ち込みようは相当なものだった。


「うふふ、グレン様に勝とうと思うなら、私以上にならなければなりませんからね」

「シェイラも僕以上に強くならなきゃ。二人がサラさんと僕以上に強くなれば、もしかしたらグレンさんにも勝てるかもしれないよ」

「まあ、私がグレン様に刃向かうことなんてあり得ませんけどね」

「僕も同感だな」


 いったい何自慢をしているんだ?

 とりあえず、二人の成長を確かめることができてよかった。


「シェイラはまだ剣に頼る部分が多いな。スカイウェンを手にしたからといって、体術が不要になったわけじゃないんだから気をつけろよ」

「はい!」

「アヤは左右の魔法がどう作用するかを考える必要がある。さっきだったら、水蒸気を自分達で利用できれば目くらましにできたはずだ」

「はいっす!」


 それぞれに気になる点を伝えると、そこで我は二人にあることを伝えた。


「——修行は今日で終わりだ」

「「……えっ?」」


 声を揃えて驚きの声を落とすと、そのまま黙り込んでしまった。


「二人は十分に強くなった。おそらく、今の勇者達の中ではすでに上位の実力があるだろう。魔境であっても中腹までなら二人だけでも問題なく進めるはずだ」

「で、でも、あたい達はまだまだ教わることが沢山あります!」

「そ、そうっす! やれることよりも、できないことの方がまだ多いっすよ!」


 まあ、この中にいたらそう思ってしまうのも仕方ないのかもしれんな。

 我にサラにバラン。魔族の中でも最強とトップの実力者がいるわけだからのう。


「我儘を言ってはダメですよ」

「サ、サラ様」

「アヤさんは魔法剣士として十分やれています。それも、双剣ですよ? これは凄いことなの。あとは、二人で試行錯誤して強くなりなさい。私達では教えられないことも、冒険の中にはあるのだから」

「……はいっす」


 静かに頷いたアヤ。


「シェイラちゃんも頑張ったね」

「バ、バラン様も、ですか?」

「そうだね。僕から教えられることは全て教えたし、グレンさんからスカイウェンを貰ったシェイラちゃんは間違いなく強いよ。自信を持って、勇者をやるといい」

「……分かり、ました」


 俯きながらシェイラが答える。


「とりあえず、二人を人間界に転移させようと思うんだが、何処か行きたい場所はあるか?」

「行きたい場所ですか?」

「と、特にはないっすね」


 ふむふむ、それならば当初の予定通りに彼奴のところに転移させようかのう。説明は二人にしてもらえば問題ないだろうからな。


「それじゃあ、二人にはギャレス達のところに行ってもらおうと思うが、いいか?」

「「は、はあ」」

「ギャレスには、グレンに言われて来た、修行は終わった、と伝えれば分かるはずだ」


 そこまで伝えると、我はギャレス達の気配を探し始めた。

 ……ふむふむ、ほうほう、そこにおったか。


「……よし、転移先が決まったぞ」

「それって」

「何処っすか?」

「ギャレス達は、二人の出身地である南方にいるらしい。それで問題ないか?」


 おそらく二人が自分の場所に戻されると予想して南方に行っていたのだろう。本当に、頭の回る奴じゃわい。

 二人は顔を見合わせたあと、一つ頷いた。


「よし、それじゃあサラ、よろしく頼む」

「お任せください、グレン様」


 サラは二人の前に立って両手を向ける。その横にはバランが立っていた。


「アヤさん、自信を持つのですよ」

「シェイラちゃんもね」

「ありがとうございますっす!」

「皆様、ありがとうございました!」


 頭を下げた二人を見て、我は自然と優しい笑みを浮かべていた。

 転移魔法が発動し、姿が消えてしまう。

 結局、我にできたことは剣を準備するくらいだったのう。


「……ところで、バランは帰らないのですか?」

「僕? 僕はこのままここで暮らそうと思ってますよ」

「はあっ! 何を言っているのですか! さっさと帰ってください! 何だったら私が転移させてあげますから!」

「いやいや、ここは居心地がいいですし、グレンさんもいるから僕の修行にもなるし、やっぱり残ります」

「グ、グレン様からも何とか言ってください!」


 我からと言われてもなぁ。


「……まあ、残りたいならいいんじゃないか?」

「ですよね!」

「そ、そんなあっ!」


 バランがいれば我も腕試しができるからのう。

 それに、将来的にはシルバーも、できればカノンもここに呼びたいと思っているのじゃ。バラン一人を受け入れられないようでは、シルバーとカノンを連れてくるのも無理があるというものじゃ。


 ギャレスのおかげ、と言うと何だか癪ではあるが、楽しい日々であったな。

 しばらくは遠慮して欲しいものだが……まあ、たまにならこんな日々も良いもんじゃ。

 こうして、我の隠居生活が、少し変わった形で戻って来たのじゃった。


 第2章 完

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