第7話:勇者を鍛える、基礎訓練

 とりあえず、全ての基礎になるフィジカルを鍛えなければいかん。それがなければいくら剣術を身につけても十全に使いこなせないからのう。


「とりあえず走り込みだな」

「走り込みですか。えーっと……ここを、ですか?」


 ここをって……あぁ、そういうことか。


「そうだな、魔境を人間一人で走るのは少々危険か」

「少々って」

「いや、すまん。俺の考えが至っていなかった。ならばこれを身につけておけ」

「……これは?」


 我がアレスに手渡したのは洞窟に施していたのと同じ隠蔽魔術が施されている指輪。規模は小さく、身につけた者を視認できなくする魔術である。

 付与する者の魔力量によって効く者と効かない者が出てくるが、我が付与しているのだからこの辺りの魔族に効かないわけがない。

 そもそも結界内には現時点で我ら以外に誰もいないのじゃがな。それでもアレスにとって、これが安心材料になるのであれば安いものだ。


「……ま、魔術具」

「俺が施した物だから気にするな」

「し、師匠が……」


 魔術具を作れる者はそうそうおらんからのう。それが人間であれば顕著じゃろうしな。


「ぼ、僕の為に魔術具を!」

「……ん?」


 いや、元から作っていた物なんじゃが、あれ? なんか別の方向に解釈してくれてる?


「いや、これは元々――」

「僕、頑張ります!」


 魔術具を指にはめたアレスは我の言葉を最後まで聞くことなく走って行ってしまった。

 ……いや、まあいいんじゃが。魔族はこの辺りにいないし。

 それにしても、人間共は何故アレスを勇者にしたのじゃ。それなりに理由があるはずなのじゃが、今のところこれといった特徴を見つけることが出来ないんじゃが。将来性も……ううむ、なさそうじゃし。


 眼に見えないところで何かしらの能力を持っているという可能性はあるが、そのような技術を人間が開発したとでもいうのか?

 ……聖剣を量産しているくらいじゃ、長い隠居生活の間に人間側の技術が向上しているのもあり得るか。

 うーむ、後でアレスが勇者に選ばれた理由でも聞いてみるかのう。


 ……あれ? そういえばアレスの奴は何処まで走っていったのじゃ?


「――ぎゃああああああぁぁっ!」

「……あぁ、結界の外まで行ってしまったか」


 だいぶ先まで走って行ったようじゃな。仕方ない――急ぐか。

 我が少し強めの一歩を踏み出すと地面が陥没してその場に衝撃波が発生する。家には結界が張ってあるので問題なし。周囲の木々もすぐに生えてくるので良いじゃろう。

 アレスに渡した魔術具には場所が分かるようにマーキングしているので、最初の一歩で木々をなぎ倒しその場に到着した。


「誰か! た、たたた助け――げふっ!」

「こら、逃げるな」


 服の襟首を掴んでその場から逃げようとするアレスを捕まえる。


「げほっ! ごほっ! ……じ、じじょおおおおぉぉっ!」

「おい、汚いな!」


 お主、本当に勇者だよな! 魔族と相対して泣きながら逃げるとは何事じゃ!


『――あぁん? なんじゃ、貴様は?』


 そこに現れたのは三メトルを超える巨体、右手には岩を削り取り身長と同等の長さの石棒を持っている魔族――オーガである。


「……アレス、指輪ははめているよな?」

「は、はめでばず!」

「……まさか、オーガを目の前にして大声を出したりしてないよな?」

「出しますよ! だって、出会い頭だったんですもん!」


 あぁ、だからか。

 我の魔術具がオーガ如きに破れるはずがないのじゃ。

 ならば何故見つかったのか? それはアレスがバレるような行為をしたってことになる。


『貴様、俺様を無視するんじゃねえぞ!』


 石棒を地面に叩きつけて威嚇してくるオーガ。

 その巨体、迫力、そして見た目。人間相手であればある程度の威嚇にはなったであろう。……事実、アレスは目を右往左往させておるしな。

 しかし我に対して威嚇をするなど言語道断である!


「小僧、図にのるなよ?」

『小僧とはなんだ! 貴様、人間如きがいい気になる……な、よ?』


 こめかみに血管を浮かべていたオーガだが、我が発した殺気に困惑、直後に大量の汗が溢れ出している。

 それもそうだろうな。

 オーガは魔族の中でも下位であり、中でも更に下の魔族なのだから。


『……き、貴様、何者だ!』


 しかし、下位だからこそ我の殺気を受けても実力を測ることが出来ないのだ。


「散れ」

『ぐぐぐぐっ、黙れ! これでもくらえっ!」

「師匠!」


 ……はぁ、面倒臭いのう。

 だが、ここで我の勇姿を見せることが出来ればアレスのやる気にもつながるじゃろう。

 左手を迫る石棒に突き出して受け止める。

 なかなかの膂力ではあるが、これだけでは軽い軽い。少し地面が陥没するくらいじゃからな。

 受け止めた石棒に右手刀を放ち半ばから両断、綺麗な切断面が現れた。

 驚愕に目を見開くオーガだったが、そんなことは関係ない。

 飛び上がりオーガの目の前で腰を捻り回し蹴り――額にめり込んだ我の右足は、巨体を後ろに倒すでもなく、吹き飛ばすでもなく、立ったままの状態で頭を破裂させた。

 しばらくそのまま立っていたオーガの肉体だが、やがて力が抜けると膝から崩れ落ちていった。


 うむ、久し振りの体術だったがまあまあではないか。地面に降りると一つ息を吐き出してから振り返る。


「……し、師匠、凄いです!」


 ふふふ、我の予想通りではないか!


「僕も、これくらい強くなれますか!」

「俺の言う通りにしていればいずれな」

「分かりました! それではもう一度走ってきます!」

「いや、それはまたの機会にだ――」

「行ってきます!」


 ……おいアレス、人の話を聞かんかーい!

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