第37話:エルフ

 我が転移した先は――人間界である。

 しかし、人間界でも端の端、魔境から見ると真逆の場所まで転移した。


「おー、ここはいつ来ても素晴らしい景色だな」

「グララ!」

「シルバーもこの美しさが分かるか」


 見渡す限りの水平線。太陽に反射して煌く水面。シルバーも凄い凄いとはしゃいでおるわ。

 だが、我が人間界の辺境まで来たのはただこの景色を見る為ではない。採掘したボーヴィルスを加工して剣に仕上げる為である。

 ここには我が魔王をしてる時代から仲良くしてもらっている人間の友がいるのじゃ。

 人間は歳をとるのが早いもので、出会ったばかりの頃はまだまだ若く意欲溢れる若者だったのじゃが、今では白髪の老人になってしまった。

 だが、この友であれば我の思い描く最高の剣を作ってくれるはずじゃ。

 崖の上にポツンと建っている一軒家、その呼び鈴を鳴らして主を呼び出す。


「おーい、我じゃ! 出てこんか――カノン!」


 我の呼び掛けに中の人物がゆっくりと椅子から立ち上がる気配を感じた。

 だが、今の我はグレンの姿をしており、声音も若い男性になっている。

 だからあえて我となのり、カノンの名前を口にしたので、おそらく大丈夫じゃろう。

 そう考えていると、ドアがゆっくりと開かれた。


「――どちらさんですかねぇ?」


 姿を見せたのはボサボサの白髪を腰まで伸ばし、腰を曲げて杖を突きながら立っている老婆である。

 ……やはり人間の老いは早い。数十年会わなかっただけでもこれほど老けてしまうとはのう。


「我じゃ、サタンじゃ」

「サタン? あの方はもっと背が高くて、色黒で、角が生えたお方ですよ?」

「今は訳あって人間の姿で暮らしておるのじゃ。ドレイウルゴスを覚えておるじゃろう」

「ウルゴスさんですか、懐かしいですねぇ。では、あなたは本当にサタンなのですね?」

「うむ、その通りじゃ」


 我しか知らないドレイウルゴスの名を口にしたことで、カノンは我のことを信じてくれたようじゃ。


「まあ、こんな辺境に住む老婆を訪ねてくる方なんて、サタンくらいですからね」


 そんなことを口にしながら、家の中にあげてくれた。

 ……やはり、この家は落ち着くのう。

 森の中に鬱蒼と生い茂る木々を使って建てられた一軒家。木の香りが鼻を抜けるとホッとしてしまうのじゃ。我の家も、元はと言えばカノンの家をモチーフにした木造の家だからな。

 こちらの場合は海に面しているので、潮風を遮り劣化を防ぐ魔術具を使っている。もちろん、我のお手製じゃ。


「そうそう、カノンよ。我は今、この姿で暮らしておるんじゃ。だから――喋り方も若い人間のようにしているんだが、問題ないか?」

「えぇえぇ、問題ありませんよ。サタンはサタンですからね」

「それと、今はグレンと名乗っているから、そのように呼んでくれ」

「グレン、ですか? ……あぁ、なるほど。グレン・ユニバースでございますね、懐かしいわぁ」


 カノンは人間の中でも長命な種族――エルフ族である。

 グレンが生きていた二五〇年くらい前にも生きていたカノンは、サラと並んでグレンとパーティを組んでいた。

 エルフといえば強力な魔術、さらに見目麗しく潔癖な種族として有名なのだが、カノンはその限りではない。

 魔術もサラには及ばず、魔術具も作れない。さらに若かりし頃も他のエルフと比べて平均以下の容姿であった。

 だからかもしれないが、カノンはエルフ族から嫌われ者となり、蔑まれ、ついには追放されてしまったんじゃ。

 プライドが高いのか、それともカノンが単に気に食わなかったのか。

 どちらにしても、エルフ族は唯一無二の存在を追放した。我から言わせれば、馬鹿の所業じゃのう。

 お茶を出してくれたカノンを見て、シルバーが喉を鳴らした。


「グルル?」

「ダメだ。シルバーじゃあカノンには勝てないぞ」

「グルラッ!」

「信じられないだと? 俺が信じられないのか?」

「グ、グルルゥゥ」


 そうじゃない、と悲しそうに呟いておる。まだ幼獣だからか、思考も幼いのう。


「おや? その子はもしかして幻獣ですか?」

「そうだ。幻狼で、名前はシルバー」

「グラッ!」


 よろしく! とは、まるで人間臭い言い方じゃのう。


「うふふ、可愛らしい幻狼ですこと」

「グララッ!」

「あら、可愛いのが嫌なのね」

「カノンもシルバーの言っていることが分かるのか?」

「エルフだから、というのはいささかか大袈裟ですけれど、分かってしまいますね。嘘か真かは分かりませんが、エルフは神に近しい存在だと言う者もいるくらいですから」


 どこか困ったような表情で口にするカノンは、自身がエルフ族から追放されてもなお、エルフであると口にすることができる強さを持っておる。

 ……これほどの者は、魔族にもそうそうおらんじゃろう。

 魔族が魔族から追放されれば、その場で暴れて殺されるか、逃げ出したとしても生きてはいけないじゃろうな。


「それで、今日はどうしたのですか? まさか、こんな老婆の顔を見に来た、なんて言わないのでしょう?」


 頬に手を当ててそう口にしたカノンに対して、我は来訪の目的を告げる。


「この鉱石を使って、双剣と長剣を作って欲しいんだ」


 そう言ってテーブルにボーヴィルスの塊を置く。


「これはまた、立派な鉱石ですね。グレンの願いなのだから叶えたいのだけれど、今の私では数日は掛かってしまうわ。その間、ドレイウルゴス……ではなかったわね。サラが待てるかしら?」

「サラには勇者の修行をお願いしているから大丈夫だろう」

「勇者の、修行ですか?」


 おっと! カノンにはまだ勇者達について説明していなかったわい。

 我がことの流れをカノンに説明すると、サラも待てると言うことで双剣と長剣の作成を請け負ってくれた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る