第34話:剣舞

 バランを地面の中から引っ張り上げると、頭を掻きながらあははと笑っていた。


「いやー、やっぱりダメでしたか」

「最後の一撃は惜しかったが、ここに長年暮らしている俺だからな。地面におかしな気配があれば気になるのも仕方ないだろう」

「その気配を消していたはずなんだけどな」

「要は、まだまだ精進が必要ってことだな」

「そういうことですね」


 最後はバランの苦笑で締めくくり、我とバランは女性陣のところに戻ったのだが――何故だかシェイラとアヤが口を開けたまま固まっていた。


「……グレン様もバランも、やり過ぎです」


 サラの言葉に我は首を傾げてしまう。

 結界を張った中での模擬戦である。地面は陥没が目立つものの大きな被害は出ていないはずじゃ。

 それにバランの戦い方もしっかりと見ることができたじゃろう。

 剣術と体術を織り交ぜた攻撃、残脚ざんきゃくも鍛えた体術を用いた動きである。最後の攻撃はバランにしかできんじゃろうから論外だとしても、それ以外の動きを覚えることができれば確実にシェイラは強くなるはずじゃ。


「……あ、あたいは、あれを覚えるのかな?」

「……だ、大丈夫っすよ、きっとできるっす」


 シェイラだけでなく、アヤもブツブツと何やら呟いておる。


「次元が違い過ぎるのです。二人はまだ勇者の卵なのですよ。素質があるとはいっても、いきなりあれだけの動きができるわけありません」

「今の動きをそのままやれというわけではないぞ?」

「当然です! ……はぁ。お二人は少し自重もしてください」

「そんなにおかしかったですか?」

「特にバラン! あなた、本気でグレン様に剣を振るっていましたね! 私の魔術が暴走しそうになるのを抑えるのにどれだけ苦労していたか、こちらの身にもなってください!」


 サラの方こそ自重しような? 模擬戦だから怪我なんてしないんだぞ?


「全くもう! ……では気を取り直して、せっかくですし私の魔法剣も見てもらいましょうか」


 溜息混じりに重要な発言をしたサラに対して、アヤは慌てて表情を作っていた。

 先程までの呆けた表情はなく、真剣な表情が浮かんでいる。


「は、はいっす! よろしくお願いするっす!」

「あー、その模擬戦の相手って、僕ですか?」


 頭を掻きながら質問してきたバランだが、サラは首を横に振った。


「私が行うのは剣舞ですから、相手は不要です。それに、バランと模擬戦をしてしまえば本気で殺してしまいそうですからね」

「あは、あははー」


 バランの乾いた笑い声が風に乗って流れていく中、サラは我らの模擬戦の最中に準備したであろう双剣を手に、荒れた地面の中央に立ち構えを取る。

 そして――魔族に伝わる美しい剣舞が披露された。


 華麗なステップ、地面と平行に構えた双剣がぶれることなく左右に開かれ、重心も全くぶれることがない。頭の位置すらも固定されているかのように前後左右に揺れることなく剣舞が進行していく。

 この剣舞は龍の息吹ドラゴンブレスと呼ばれており、終盤の舞で一工夫されておる。

 序盤は落ち着いた剣舞でしなやかな動きと自らの表情で観客を引きつけ、中盤になれば荒々しくも洗練された動きで盛り上げていく。

 そして終盤になり、初めて魔法剣を発動する。


「……き、綺麗っす」

「……これが、魔法剣なの?」


 サラが握る双剣に魔法が纏わされると、赤や青などの様々な色の光が太刀筋を追って軌跡を作り上げ、幻想的な光景をサラの周囲に生み出していく。

 数秒後には儚くも消えていく光の軌跡だが、サラが止まることなく舞続けていることで、消えた光を追いかけるようにして新たな軌跡が生み出されていく。

 我も久しぶりに見たが、やはり剣舞――特にサラの舞はいつ見ても感動してしまうのう。


 そうしてラストに近づくと、流れるように舞っていた動きがゆっくりとなり、刀身を目の前で重ねて止めた。

 魔法剣はいまだに健在であり、様々な色の輝きだけが双剣の上で踊っている。そして――


「はっ!」


 サラが声を張り上げて双剣を空へと突き出す。

 双剣が纏っていた魔力が解放されるとともに、空に一条の光が立ち上っていった。

 この美しい光が、龍の息吹ドラゴンブレスと捉えられたことで名付けられた剣舞である。


「ふぅ」


 剣舞を終えたサラは一度息を吐き出してから、我らに視線を向けた。

 剣舞もそうだが、魔法剣を維持するにも相当な体力を消耗する。にも拘らず、サラからは一粒の汗も見当たらない。むしろ体を動かしたことでスッキリした表情になっていた。


「アヤさん、いかがでしたか?」

「……へっ? あ、その、凄かったっす」


 あまりの凄さに呆けてしまっているようじゃ。

 シェイラは……あー、双剣に視線がいっておるのう。

 さっきまでは魔法剣に目を奪われていたようじゃが、双剣が露わになったらそっちに視線が移るって、どれだけ剣が好きなんじゃよ。


「ありがとうございます。ですが、驚いてばかりではいけませんよ」

「えっ?」

「今のを、アヤさんもできるようにならなければなりませんからね」

「…………えっ? ええええええぇぇっ!」


 ちょっと、サラ? それはさすがに難易度が高すぎないか? バランに言ったことを、そっくりそのままお主がやっているぞ?

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