第36話:幻獣
今にも襲いかかってきそうな雰囲気を漂わせるレオルバルドスに対して、我は右手を突き出して声を掛ける。
「止めろ。我の実力が分からないのか?」
軽い威圧を込めて発した言葉にレオルバルドスは一瞬怯んだものの、それでも戦意を失うということはないようじゃ。むしろ敵意を剥き出しにしてきた。
……おかしな話じゃのう。
幻獣は昔から賢い生き物だと決まっておる。これは神が使わせた、いわゆる神の使いだからだと言われておる。
神の使いなのだから人間寄りの生物かと思いきや、そうでもないのが面白い存在よ。
魔族も人間も関係なく、害意を持つものには襲いかかるものだから幻獣を目撃しても誰も近付こうとはしないのだ。
だが、自身よりも強い相手には従う傾向もあるので、幻獣を連れている者は自ずと実力者という証明にもなる。
故に、幻獣は相手の力量を見極めることが得意なはずなのじゃがのう。
「グルルルルゥゥッ」
……未だに威嚇してきよる。
相手の力量を見極められないのか、それとも――
「グルアアアアァァッ!」
そこまで考えたところでレオルバルドスが飛び掛かってきた。
大人の幻獣相手ならば我も多少は本気を出さなければならないのだが……うむ、やはりそうか。
「お主、まだ幼獣であるな?」
動きも緩慢で、単純な力押しの攻撃。体の動きもバラバラで今までは勢いだけで戦い抜き、ここまでやってきたのだろう。
有象無象の魔族や人間であればそれでも十分通用しただろうが、我には全く意味をなさんぞ。
剣を抜く必要もなく、徒手空拳でレオルバルドス太く逞しい右前脚を捌き、着地の為に残していたであろう左後ろ脚を払う。
バランスを崩して倒れたレオルバルドスの腹部に左拳を叩き込むと、三メトルはあるだろう巨体が宙に浮いてボーヴィルスに埋め尽くされた壁に激突した。
「グルアッ!」
あまりの激痛に地面を転げまわるレオルバルドスを見ると、彼奴は今まで痛みというのものを感じたことがなかったのかもしれん。
それだけ、出会った魔族や人間が弱かったのかもしれんのう。
「グルル、グルアアアアァァッ!」
痛みを乗り越えたのか、レオルバルドスはよろめきながらも立ち上がると、再び我めがけて飛び掛かってくる。
だが、同じことの繰り返しじゃ。
多少は考えて動くことを覚えたようじゃが、それでも単純な動きには変わりない。
右から回り込んだレオルバルドスの正面に回り込み鼻っ面に右拳を叩き込む。
のけ反りながらも今度は左から回り込もうとするが、それ以上の速さで逆に回り込んだ我が尻尾を掴み投げ飛ばす。
「ギャワン!」
再び壁に突っ込んだレオルバルドスは、それでも立ち上がり挑み掛かろうとしてくる。
……彼奴、何かがおかしいのう。
これだけ痛めつけられればいくら幼獣といえども実力差があることは分かるはずじゃ。それにもかかわらず立ち上がり挑み掛かろうとするとは。
「ふむ……お主、我とともに来るか?」
「……グルル?」
ほほ! やはり反応が変わったわい。
「我のところには他にも魔族や人間もおるが、誰もお主を痛めつけることはせんぞ」
「……グル?」
「そうじゃのう。美味い飯もあるが、どうじゃ?」
「グルアッ!」
どうやら飯に反応してくれたようじゃのう。
先ほどまで殺気立っていたレオルバルドスじゃが、今ではのほほんとした雰囲気で我にすり寄ってきよる。
魔族も人間も、そして幻獣も美味い飯には目がないのじゃなぁ。
……まあ、それよりも一番の要因は寂しかったんじゃろう。何処に行っても、誰と出会っても攻撃されてきたのかもしれん。
寂しいが、一緒にもなれない。それの繰り返しから、このような場所まで逃げてきたのじゃろう。
「おっと、サタンの喋り方に戻っていたみたいだな。レオルバルドス、今はこっちの口調で喋っているから、変に思わんでくれよ」
「グルアウア!」
「何だと? 臭いで判別できるって? お前、面白い奴だな」
「さて、それじゃあ目的の物を採って帰ろうかな」
「ガルン!」
我はレオルバルドスとの戦闘で壁から零れ落ちたボーヴィルスを回収し、さらに大きいサイズのボーヴィルスも壁から採掘すると、レオルバルドスと一緒に来た道を引き返した。
当然ながら様々な過酷な通路を進むことになるのだが、レオルバルドスも難なく進んでしまう。
幼獣とはいえ幻獣は伊達ではないということか。
外に出た我らはすぐに次の場所へ転移しようとしたのだが、とあることを思いついてしばし留まることにした。というのも――
「お前の名前を決めないといけないな」
「グララ?」
首を傾げているレオルバルドスを見て苦笑しつつ、我は名前を考える。
一番の特徴である美しい白銀の体毛をイメージした名前をと思い、しばし黙考すること数分。
「――よし!」
我の声にレオルバルドスが期待の眼差しを向けている。
こうしてみると、彼奴も可愛いものじゃのう。成獣になるとさらに大きくなるのだろうか? 実際に成獣を見たことがないから分からんわい。
「お前の名前は――シルバーだ」
「ギャワワンワン!」
そうかそうか、嬉しいか。犬のような鳴き方には驚いたが、これも親愛の証なのかもしれんのう。
シルバーの名前も決まったところで、我は次の場所に転移した。
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