第40話:精霊界

 精霊界は精霊しか存在できない世界――異次元にあると言われている。

 悪魔も人間も立ち入ることはできず、どちらの種族からも秘境と呼ばれていた。


「精霊界の素材は特に魔力を通しやすいと言われていますから、そちらの素材を掛け合わせましょう」

「しかし、そんな貴重な素材を使ってしまっていいのか?」


 とても貴重な精霊界の素材である。いくら我の頼みだとしても見知らぬ奴が使う双剣の為に使っていい物ではないだろう。

 ……いや、ちょっと待て。


「カノンは、その素材をどうやって手に入れたんだ?」


 我の質問に、カノンは笑みを絶やさずに答えてくれた。


「私は精霊界への通行を許されていますから、精霊界で譲り受けました」


 ……なかなかに衝撃的な事実を知らされてしまったぞ!


「カ、カノンは精霊界に行ったことがあるのか!」

「はい。何度も」

「何度もだと!」

「あちらの精霊王ともお茶をしましたし、良い方でしたよ」

「精霊王! お茶!」


 突拍子のない答えに、我は驚きおうむ返しで返答してしまう。

 だがまあ、カノンは精霊から愛されておるし、行き着いた先が精霊王とのお茶会である可能性もあるということか。……納得していいのか?


「ですから、精霊界の素材も溜まる一方だったので、どこかで使わなければと思っていたんですよ」

「……そこまで言ってくれるなら、お願いしていいのか?」

「うふふ、いいのですよ」


 ならば、我が断る理由はないのう。


「それなら、頼む」

「かしこまりました。作成には明日から手をつけたいと思います」

「分かった。その間の守りは任せておけ」

「感謝いたします」

「お礼を言うのはこちらだ」


 守り、というと大げさな気もするが、特にやることはないんじゃ。

 我が設置した魔術具に魔力を注ぐだけだからのう。

 この魔力が途切れてしまうと結界が消えてしまうので、木造の家が潮風に晒され、獣が近づいてきてしまう。一度起動した後は微量の魔力で作動し続けることができるが、魔力が途切れてしまうと再起動には大量の魔力が必要となる。

 それだけの規模を誇る魔術具なのじゃ。


「まあ、仮に魔力が途切れても俺がいるからな。すぐに再起動は可能だよ」

「そのようなお手間をかけさせるわけにはいきませんからね」

「剣の作成を依頼しているんだ。それくらいはどうってことないがな」


 無理を言っているのはこちらなのだ。作成がなければ問題なく魔力を注ぐこともできるのだから、我が手間をかけるのは当然である。

 それに、これくらいは手間のうちにも入らんからな。


「それとだな、もし差し支えなければ、精霊界の素材を見せてもらってもいいか?」

「いいですよ。気になっていると思っていましたからね。すぐに持ってきますから、待っていてください」


 そう言って立ち上がったカノンは、自身の寝室へと向かった。

 合間にシルバーへ視線を向けると、尻尾を我の足に巻きつけて、頭を地面に横たえて完全に寝てしまっている。

 今日出会ったばかりとは思えないくらいに懐いてくれたもんじゃわい。

 軽く頭を撫でていると、カノンが部屋から戻ってきた。


「おぉっ! これは、凄いなぁ」


 カノンの手の中にある時点でも感じることができたその存在感。素材自体が持つ気と言えばいいのか、明らかに今まで見てきたあらゆる素材とは一線を画した気を放っている。

 そして、実際に目にしてしまうと我でもゴクリと唾を飲み込んでしまうほど、美しい翠の輝きを伴っていた。


「精霊界の素材で、名前をエリシールと言います」

「エリシールか」

「これだけを私の力で加工することはできませんが、別の何かと掛け合わせることで、加工することが可能となります」

「そう、なのか?」

「エリシールだけを加工して剣や何かを作ろうとすると、私の魔力が空っぽになってしまうのです。ですから、別の何かと掛け合わせてエリシールの効果を薄めることで、加工を可能にしています。薄めると言っても、それでも十分に魔力を通しやすくなるので魔法剣の為に作るなら最適な素材なんですよ」


 それは、もったいない気がしてならないのう。

 今回ボーヴィルスと掛け合わせて作る双剣でも、聖剣を除けば現存する全ての剣の中で最高の物ができるはずじゃ。

 もしエリシールだけで剣を作れるなら、聖剣に勝るとも劣らない一振りができるだろうな。


「サラには、カノンが作る双剣を持て余さないように、アヤを鍛えてもらわないといけないな」

「きっと大丈夫ですよ」

「どうしてそう思うんだ?」


 根拠のない自信だろうに、カノンはやはり笑んだまま答えてくれた。


「グレンが認めた才能を、サラが伸ばすのですから、私が作る双剣を持て余すなんてことはないでしょう」

「それは過大評価し過ぎだな」

「そうでしょうか?」

「絶対にそうだ」

「うふふ。グレンも照れるのですね」

「照れてない!」

「そういうことにしておきましょう。さあさあ、シルバーも寝てしまってますし、もうそろそろ部屋で寝てくださいね」


 ……ダメだ、やはり女には口で勝てん。

 我は言われた通りに椅子から立ち上がると、シルバーを引きずるようにして部屋へと連れていった。


「――もう一本の剣はどうしましょうかね?」


 そんな呟きも聞こえてきたのだが、我は部屋のドアを閉めるとそそくさと眠ってしまった。

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