第8話:勇者を鍛える、剣術訓練

 とりあえずアレスの首根っこを掴み家の前に連れ戻す。これ以上あっちゃこっちゃ行かれて魔族と遭遇されても困るからのう。

 次の訓練は剣術訓練じゃ。

 フィジカルも大切じゃが、剣を振ることで鍛えられる筋肉も存在するからのう。それに基礎訓練だけではつまらんしな。


「アレスは誰かに剣を習ったことはあるのか?」

「一応、勇者になる時の講習で教官に教えてもらいました」

「何日くらいだ?」

「えっと、一時間くらいです」


 ……時間で返されるとは思わなかったぞ。


「それは、習ったに入るのか?」

「でも、その時以外では全くないので」

「……そうか。まあ、そうだろうな」


 あの剣筋じゃからなあ。

 我は武器も一通り扱うことが出来るから分かるが、アレスは酷過ぎる。素人といっても差し支えないじゃろう。

 魔族の剣術を人間に教えて身につくものなのか気になるところではあるが、何もないよりはマシであろう。


「練習の時はこれを使え」


 そう言ってて渡したのはハルジオンと同等の長さを持つ一般的なロングソード。

 自分の武器に慣れ親しむことは大事ではあるが、それが聖剣ハルジオンともなれば話は別である。

 ……下手をしたら結界を斬られかねないからのう。


「まずは素振りからだ。上段斬り!」

「は、はい!」


 うむ、良い返事である。

 アレスは真剣な眼差しでロングソードを何度も何度も振り下ろしていく。

 ……ふむ、多少は使えるようじゃ。

 誰にも師事せず、ほぼ教えられたことのない剣術ではあるが、実戦の中で多少は鍛えられたのだろう。


「次は袈裟斬りと逆袈裟を交互に!」

「はい!」


「次は横薙ぎ!」

「はい!」


「斬り上げ!」

「はい!」


「刺突!」

「はい!」


 ――……うん、普通であるな。

 やはり根本から鍛え直さなくてはならんではないか。


「よし、それじゃあ次は身体の使い方だ。まずは構えてもらうが、俺の真似をしてみろ」


 我の剣術は今は亡き魔王近衛軍の四天王が一人である将軍デュラハルから教えてもらったものじゃ。

 デュラハルは我の前の魔王から仕えていた忠臣中の忠臣であった。今の我があるのも、デュラハルの功績も多分にあるだろうのう。

 両手で柄をしっかりと握り剣先を相手の眼に向ける――水の構えとか言っておったな。


「こ、こうですか」

「その通りだ。……ほう、様になっているじゃないか」

「あ、ありがとうございます!」


 ……なるほど、アレスの場合は素直過ぎる――が、だからこそ言われたことをそのまま吸収できるのかもしれんのう。

 我が見せた構えとほとんどズレがない構えを取ることが出来ている。


「その構え、水の構えが基本の構えだ。そこから派生して攻め、守りの中で構えが変化していく」

「へぇー、色々あるんですね」


 うん、普通はそういうのを習ってから旅に出るものなんじゃぞ。そんなキラキラした目で見つめられても嬉しくもなんともないんじゃぞ。


「水の構えは攻防両方に対応できる構えであり、ここから攻撃重視の火の構え、防御重視の土の構えが基本の構えと思っていいだろう。後は時と場合に合わせて木の構え、金の構えが存在する」


 剣を頭上に振り上げて構える火の構え、剣先を水平よりやや下げて構える地の構え、剣を立てて相手から半身になり構える木の構え、剣先を後ろに下げて剣を脇に取る構えの金の構え。

 戦況に合わせて五つの構えを変えていく剣術である。


「まずは水、火、地の構えからの素振りを繰り返すんだ」

「はい!」


 三つの構えからの素振りを一〇〇回繰り返させ、それを何度も、何度も、何度も行なっていく。

 アレスは疲労が溜まっているだろうが弱音を吐くことなく繰り返してくれる。

 ……現魔王もアレスくらいに素直であれば色々教えてやれたんじゃがのう。


「……まあ、今は関係ないか」

「えっ? 何か、言いましたか、師匠?」

「いや、すまん、気にするな」

「は、はい!」


 ……しかし、本当に素直に従い吸収してくれるものじゃ。たった数千回の素振りで剣筋だけは見れるようになってきたわい。


「よし! 次は組み合わせてみよう」

「組み合わせる、ですか?」

「水の構えから火の構え、または地の構えに移行する。それが俺の剣術の真骨頂なのさ」

「な、なるほど! 分かりました!」


 だいぶ疲れているだろうに、よくやるわい。この後の訓練は座学にするかのう。

 そんなことを考えながら一度動きを見せてからアレスに素振りをさせていく。

 やはりというか、これもあっという間に見れるようになってしまった。

 実戦でいくらかな経験は必要だろうが、ハルジオンと合わさればオーガくらいになら遅れをとることもないじゃろう。


「ぜはあっ、ぶはあっ、げはあっ」

「素振りはこれくらいでいいだろう。次なんだが――」

「き、木の構えと、金の構えでしょうか!」

「……いや、別の訓練を行う。なあ、アレス?」

「はい!」

「……人の話は最後まで聞こうな?」

「はい!」


 返事はいいんじゃよ、返事は!

 ……まあ、我は魔族であって人間じゃないんだけどな!

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