第43話:違和感の正体②
五セルチにも及ぶ触手の豪雨に見舞われ、我は魔虫を頭上に分厚く敷き詰めるとともに、射程外へ一気に飛び退く。
一秒保ったか分からないくらいで魔虫の傘が崩壊、地面に激突した触手によって多数のクレーターが出来上がっていた。
さすがの我でもあの場にいればただでは済まなかったかもしれぬ。
腐っても幻獣、ということか。
シルバーはまだ幼獣——子供だったこともあり容易く御することができたが、大人となれば勝手が違う。
我も数度しか幻獣と戦ったことはない。我の年齢で数度であるから、それだけ幻獣というのは珍しいということじゃ。
この数度の戦いでも全て勝利したとはいえ、無傷とはいかなかった。
そして、それは通常の幻獣の場合である。
堕獣となった此奴の実力が通常の幻獣を上回っている可能性も否定はできないのう。
「ブジュルルルルッ!」
「相当怒っているようだな。まあ、楽しくなる分には問題ないが」
バジリスクを肩に担いで挑発するようにニヤリと笑う。
挑発が通じる相手はどうかは分からなかったが、反応を見るに挑発は通じているようじゃ。
「ブジュル! ブジュルルルルッ!」
堕獣は頭頂部から黄色い粉を撒き散らせながら怒りを顕にしている。
花粉みたいなものなのか? ならば何かしらの攻撃手段の可能性もあるが。
「……ま、まさか!」
我は即座に頭上を見上げた。
ここは結界内であり、獣が近づけないように指向誘導型結界魔術具を設置している。
この魔術具は生物に反応して誘導させるものなのだが、生物以外には反応しない。自然現象などがそれにあたるのだが、現在の上空の風向きを見て我は舌打ちをしていた。
「狙いはカノンの家か!」
黄色い花粉は風に乗ってカノンの家がある方へと飛んでいく。
どのような効果があるのかまでは分からんが、今のカノンに防ぐすべはなく、シルバーも花粉相手では対応できないだろう。
「フシュララララァァッ!」
さらに堕獣が我めがけて前進を始めた。
「邪魔はさせない、そう言わんばかりだな!」
ここで手をこまねいている場合ではない。
我は
数十の黒刃が堕獣へと迫り、多くの触手を切断しながら爆進するものの、本体を目の前にして消失してしまった。
何やら秘密がありそうだが、今はそちらに構っている暇はない。
転移で我と堕獣、そして花粉を囲うように四方へと飛び、魔術具を設置していく。
「これで、どうだ!」
地面を通して我の魔力を全ての魔術具へと伝播させると、巨大な結界を出現させた。
これは指向誘導性魔術具とは異なり、生物だけではなくありとあらゆるものの侵入を防ぐことができる。
強力な魔術具ではあるが、それ故に大量の魔力を持っていかれてしまうがな。
「ふぅ。さすがに、少しきついか」
溜息が溢れるのと同時に、堕獣の笑い声が響いてきた。
「ブジャジャジャジャジャッ!」
「……こいつ、まさか狙ったということか?」
我の魔力を大量に消費させ、疲弊させ、その上で確実に殺す算段なのだろう。
……考えが浅はかであるな。
「それくらいで、俺を殺せると思っているのか?」
「ブジュル? ブジュルルルルッ!」
「何を言っているのか分からないが、そう思っているということだろうな……なんとも目障りだ」
バジリスクから大量の黒刃を顕現させると、それを一つの巨大な黒刃へと変貌させる。
先程は本体を目の前にして黒刃が消失してしまったからな、これだけの巨大な黒刃ならば届くであろう。
「真っ二つになれ」
撃ち出された巨大な黒刃が地面を削りながら、堕獣の触手をも吹き飛ばして本体へ迫っていく。
これで決まるか——そう思った時である。
「ブシャシャシャシャッ!」
「これも、消されるか!」
こいつは、なかなかに難儀かもしれんのう。
斬撃も接近することができず、魔虫も届かず触手を介しても対処され、黒刃も消滅してしまう。
堕獣の周囲には結界でもあるのだろうか。それが分からなければ我が優位に立つのは難しいかもしれん。
そして、気になることがもう一つ。
「あの花粉、こちらに閉じ込めてはいるが何なんだ?」
上空で旋回している黄色い花粉。
カノンを狙って放たれたのだから、何かしらの殺傷能力はあるのだろう。それが我に通じるものであれば脅威はさらに増えてしまう。
魔王として生きてきた五〇〇年の間にも、これだけの脅威を我に与えた相手は数えるほどしかおらん。
……まあ、その全てに勝利してきたからこそ、我は今ここにいるのだがな。
「……仕方ない、ここは一つ——んっ?」
我が行動を起こそうとしたその時、体に異変を感じて鼻に手を当てる。
皮膚を伝うように何かが流れてくる感覚。
手に触れた流れ出たもの、それは——
「……血、だと?」
堕獣からの攻撃を受けた覚えはない。だが、我の鼻からは血が流れ出ている。
原因は何だ? 否、考える必要はない。その答えは上空を旋回しているのだから。
「この花粉、体内から破壊を促すか!」
その直後、我は大量に吐血したのだった。
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