隠居魔王とその執事 ~勇者を弟子にして暇潰し生活~
渡琉兎
第1章:隠居魔王とその執事
プロローグ
第1話:嗚呼、隠居生活
「……のう、ドレイウルゴス」
「……何でしょうか、サタン様」
「……平和じゃのう」
「……左様でございますね」
魔境と呼ばれる魔族が暮らす土地。その中でも辺境と呼ばれる奥の奥の更に奥地で
ドレイウルゴスは我の執事としてついてきてくれた忠臣である。
……んっ? 我が誰かじゃと?
我の名前はサタン、魔族の中でもトップであった元魔王である。
……いや、もうサタンであってはならないか。
「ドレイウルゴスよ、我はもうサタンではないぞ」
「ですがサタン様、私にとってはサタン様こそが魔王サタン様なのです」
「だが、魔王の座――サタンの名は現魔王が名乗っておるのだ」
「……でしたら、どのようにお呼びしたらよろしいのでしょうか?」
……それもそうじゃのう。
我の場合は自我が生まれた時から魔王であった。幼名もなく、魔王になってからの五〇〇年間、ずっとサタンと呼ばれておったんじゃった。
さて、どうしようか。自由に名前を付けられるというのも贅沢な悩みじゃのう。
「……そうじゃ、奴の名前を借りるとしよう」
「奴、と言いますと?」
確か二五〇年位前の勇者だった奴じゃ。
奴は強かったのう。我を後一歩まで追い詰めたのも奴しかおらんかったわい。
「我を後一歩まで追い詰めたあの勇者、名前は確か――」
「グレン・ユニバース、ですか?」
「その通りじゃ! ドレイウルゴスも覚えておったのか」
「グレン殿には私もやられましたから。そのおかげで、サタン様の執事になれたわけでもありますが」
「そうじゃったのう。あれも懐かしいわい」
…………おっと、昔のことに想いを馳せるのは後回しじゃ。
「とにかく、我の名前は今日からグレン・ユニバースとしよう! 何なら見た目も奴に似せようかのう」
我は変化魔法を使って見た目を変化させる。
魔法陣が足元と頭の上に顕現、光が差し込み我の体を変化させていく。体長三メトル、漆黒の体皮、そしてこめかみから生える二本の角。その全てが姿形を変えると魔法陣が消失――我は黒髪黒眼、細身ながら脱いだら凄い肉体を持つ新たな姿で現れた。
「どうじゃ、ドレイウルゴスよ! 我の新たな姿は!」
「はい、サタン様。とてもグレン殿に似ておられます」
「……サタンと呼ぶでない」
「……ど、努力致します」
ドレイウルゴスにサタンと呼ばれていては名前を変えた意味がないではないか。
……おぉ、どうせなら!
「ドレイウルゴスも名前を変えたらどうじゃ?」
「わ、私もですか?」
「その通りじゃ! 我だけが変化してもつまらんじゃないか!」
「……で、では、失礼して」
ドレイウルゴスはどのような姿に変化するんじゃろうか、楽しみじゃのう。
我と同様に魔法陣が顕現してドレイウルゴスの姿を変化させていく。
我よりも大きい五メトルの体長、一本角に真紅の体皮、更に特徴的な一対の翼が姿を消す――現れたのはグレンのパーティにいた女魔術師の姿であった。
「おぉっ! 良いではないか、確か名前は――」
「サラ・ホークアイでございます」
「……ドレイウルゴス、よく覚えておるな」
「はい、記憶力だけは良いと自負しております」
確かに見た目も完璧じゃ。
腰まで伸びる桃髪、無駄にでかい胸、その割には小さい人間の女じゃったのう。グレンの次に厄介だったのはこの女魔術師であったか。
「ドレイウルゴスには及ばなかったが、サラの魔力は人間離れしておったのう」
「はい、サタ……グレン、様。サラ殿の魔力はグレン様と私以外の魔族を超えていたかと思います」
「うむうむ、そうであったな。ドレイウルゴスが似せるのであれば、サラで問題なかろう」
過去の勇者パーティに姿を似せた我らであったが、この姿が他の魔族に見られることなどあり得ない。魔王を引退して五〇年、ここには人間は当然ながら、同じ魔族ですら足を踏み入れてこない。
現魔王が我にゆっくり休めとこのような地を用意したのだが、我を魔王城から追い出したかったのはバレバレじゃった。
それでも我は従ってやったのじゃ……現魔王の想いも分かるからのう。
我はあまりにも強過ぎた――いや、今でも我が最強じゃ。
勇者は我が倒すことでどんどんと入れ替わっていったが、魔王は五〇〇年間我一人であった。
まあ、その間グレン以上の勇者が現れなかったのだから一強時代が良いのか、入れ替わる時代が良いのかは分からんがのう。
「これからは我のことはグレンと、ドレイウルゴスのことはサラと呼ぶことにしよう!」
「かしこまりました、サタ……グレン様」
「……ゆっくり慣れていこうかのう」
「……はい」
我もサラも、今の生活を楽しんでおる。
誰も来ないこんな場所が楽しいのかと言われると、魔族それぞれじゃろうが、魔王として五〇〇年も戦い続けてきたのじゃ、ゆっくり過ごすのも楽しいものじゃよ。
とりあえずこれから先、まだまだ寿命には程遠い余生を辺境の地で、この姿で過ごすのも一興じゃのう。
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