第19話:勇者セインと聖剣セキレイ②
どんよりとした空を照らすように漂う火の鳥がゆっくりと降下してセインの後ろでホバリング。目にあたるであろう場所からも炎が揺れているが、アレスを敵と見定める視線が注がれていた。
アレスのゴクリと唾を飲み込む音が聞こえてきそうだが、今はまだ手を貸す時ではない。一人の力でどこまでやれるのか、我はそれを見届けなければならないのじゃ。
「これが、セキレイの力――どわあっ!」
アレスが驚嘆していると、火の鳥はホバリング状態から一気に加速。一瞬にして最高速度まで到達したかと思えば熱波と共に肉薄してきた。
不意をつかれ
実体を持たない火の鳥が両断される――が、それは悪手じゃな。
左右に分かれた炎がすれ違いざまにアレスを包み込みダメージを与えていく。
後方へ抜けた炎は再び一つとなり空へと羽ばたいた。
「ぐうっ!」
「……貴様、何をした?」
苦痛に顔を歪めるアレスとは対照的な表情をしているかと思ったセインだが、その表情は困惑している。
……まあ、我の魔術具のおかげじゃけど。
変化魔術具に魔法阻害も付与していたから炎によるダメージが軽減されたのじゃろう。
「な、何のことですかっ」
「知らんならいい。大方奴の仕業だろうからな」
ギロリと睨まれるが、まだ我が動くタイミングではない。
アレスはまだ生きているし、諦めておらんからな。
「一度で死なないなら、二度三度とやるだけだ」
再び火の鳥がアレスへと襲い掛かる。
上空から急降下して突っ込んで来た火の鳥を、横に飛び地面を転がりながら回避。先程まで立っていた地面が溶解するほどの温度にアレスの表情が青ざめた。
「……な、何で僕、生きてるの?」
まあ、そうなるよね、うん。
アレスには変化の魔術具としか伝えていないからのう。
そんなことを考えていると火の鳥は再び上昇、今度は上空で羽ばたいたかと思えば火の羽根が広範囲に射出される。
回避のしようがないと判断したアレスは破気の狙いをつけることなく放つと、放射状に効果を発揮して多くの火の羽根を消失させた。
「――セキレイにばかり気を取られ過ぎじゃないか?」
「あっ!」
気配を消して背後へ回っていたセインの刃がアレスへ襲い掛かる。
慌てて前転し距離を取ろうとするがわずかに間に合わず背中に深い傷を負ってしまう。
顔を歪めたもののすぐに立ち上がり火の構えを取る――が、今度は火の鳥が急降下して来た。
この状況を切り抜けるには破気の使い方を工夫する必要がある。それに気付けるかどうか……賭けじゃのう。
「うわあっ!」
直撃を避けるために火の鳥を斬るが、先程と同じように炎がアレスを包み込む。
何とか耐えているがダメージは蓄積されている。そこにセインの刃が襲い掛かるのだからたまったもんじゃない。
このままでは倒れるのも時間の問題じゃ。
そろそろ潮時かのう――そう思った時じゃった。
「こなくそおおおおぉぉっ!」
アレスが普段は出さないような大声で気合いを入れると、我が考えていた破気の使い方に気づいたようじゃった。
セインの刃を受けながら背後に迫る火の鳥。
万事休すのこの状況で、アレスは破気を背後を見ることなく放射状に放った。
アレスの背後を見る立ち位置のセインは驚愕に目を見開いた。
迫る火の鳥が破気によって燃え盛る炎の勢いが徐々に弱まり、最後には完全に消失してしまったのじゃ。
「セキレイ!」
「てりゃああああぁぁっ!」
一瞬の迷い、動揺、その瞬間を見逃さずにアレスが最後の力を振り絞り攻勢に出た。
鍔迫り合いの最中、アレスは頭突きを見舞う。
セインが一歩後ろに下がったタイミングでアレスは一歩前進して袈裟斬りを放つ。
何とか横に払いのけたセインだが、そこに飛んで来たのは前蹴りだ。
下への警戒が疎かになっていたのかみぞおちに直撃、苦悶の表情のまま二歩後退。
逃がすつもりがないアレスは更に前進、金の構えから居合斬りを放つとわずかにセイン右脇腹を捉えた。
「ぐうっ!」
「と、届いた!」
初めてハルジオンの刃が届いたことに喜び、そしてここが最後のチャンスだと全ての力を解放する。
迎撃しようと振り上げたセキレイを破気で弾き返すと五つの黒刃を一気に顕現、至近距離から殺到させた。
紅く輝くセキレイだったが、ここで強力故の弱点が露呈してしまう。
火の鳥を顕現させたことでセキレイ自体の能力が著しく低下、当初の輝きには遠く及ばずに迫る黒刃を二つまでしか防ぐことができず、残る三つが右肩、左脇腹、左足にそれぞれ受けてしまう。
飛び散る鮮血――それでもセインの瞳はアレスを捉えていた。
「せめて、貴様だけでも!」
傷を気にすることなく大きく一歩を踏み出したセインが渾身の上段斬りをアレスの脳天目掛けて叩き込む。
熱波によるダメージ、破気の乱発、五つの黒刃。物理的にも精神的にも限界を迎えているアレスに防ぐ手立ては残っていない。
それでも、最後には体が自然とハルジオンを頭上に構えセキレイを受け止めていた。
「……いや、あれはハルジオンの意思かもしれんのう」
アレスの体が動いたように見えたが、当の本人は驚きの表情をしている。
どうやらハルジオンに気に入られたようじゃのう。
セキレイに炎を操る能力があるように、ハルジオンにも特別な能力がある。
それは――過去の使用者の剣術を記憶する。
剣術に秀でた者、そうでない者、全てを記憶するのは如何なものかと思うが、今のところ記憶力に制限はないようなので問題はないか。
本来であればハルジオンの記憶した剣術を使用者の思考に直接映し出すはずなんじゃが……まあ、今はハルジオンに振り回されているようじゃが、今後のアレス次第じゃな。
「……見事だ!」
セインはつい先ほどまでアレスのことを下に見ていたが、最後の最後でその実力を認める言葉を口にする。
そして――ハルジオンの刃を受けて気を失った。
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