第45話:違和感の正体④

「――ブジギャアアアアァァッ!」


 特大の破気が直撃した堕獣は、大絶叫を上げて悶え苦しみ出した。

 触手が苦しみに合わせて四方八方へと振り回される。

 我は再び風のように移動して射程外へと移動すると、軽く舌打ちをした。


「ちっ、仕留めきれなかったか」


 悶え苦しんでいるということは、まだ生きているということ。

 膨大な魔力を使い、黄色い花粉でダメージを負い、特大の破気を放った。

 正直なところ、このままではジリ貧である。


「ビギャギャギャギャッ!」


 血走らせた単眼が我を捉えると、近づきながら残る全ての触手を殺到させ、花粉が結界内を埋め尽くしていく。

 だが、堕獣も弱っている。動きも緩慢であり、触手もその数を減らしておる。花粉の量も最初と比べて少なくなっているので間違いない。

 ここで手をこまねいていれば回復させてしまうかもしれん。ならば——


「受けて立とうじゃないか!」


 ここまで来たら真っ向勝負、今出せる全てを用いて貴様を仕留めてやろう!


「あははははっ! 楽しいな、堕獣よ!」

「ブギャギャッ!」


 楽しいのは我だけなのか? ならば、貴様に勝ち目はないぞ!

 破気を放射状に飛ばして迫る触手を吹き飛ばすと、黒刃を堕獣の全方位に顕現させて殺到させる。


「これならば、防げまい!」

「ブギュギャアアッ!」


 これは巨大黒刃をぶつけた時に立てた仮説なのだが、先程は急所に結界を集中させているように見えた。

 黒刃だけならば薄く伸ばした結界で消失できただろうが、集約されればそうはいかない。

 だからこそ巨大黒刃をぶつけたのだが、その時には中心部分は多少なり威力が弱まっていたが、中心以外は完全に切断できていた。おそらく急所を守る為に結界を集約したのだろう。

 そして、我の仮説は立証された。


「ブギャッ! ブギャギャッ!」


 でかい図体が災いして結界を広げることができないでいる。

 前方と左右の黒刃は何とか防いだようだが、上空と後方から迫る黒刃が触手を切り裂き本体に直撃し悲鳴をあげる。

 直後には我も駆け出してバジリスクを一閃——斬撃を撃ち出して堕獣の単眼を横に斬り裂いた。


「ブギャアアアアアアアアァァァァッ!」

「——斬波ざんば


 人外の速度で振り抜かれたバジリスクから衝撃波を生み出し斬撃を飛ばす剣技。これもデュラハルから教えてもらった技であり、一番使ってきた技でもある。

 単眼を傷つけられ、上部の黒刃が花粉を飛ばしていた放出口を粉砕し、背後の黒刃が触手を貫いて本体を傷つける。


「グギュオオオオオオオオォォッ」


 当然、荒れた。

 堕獣は先程にも増して触手を振り回し始めたのだが、放出口はすでに破壊されており、触手の数もさらに少なくなっている。

 今の堕獣では、消耗している我でも恐れるに足りん。


「だが、ここまでダメージを負ったのは久しぶりだ。貴様には敬意を称して少しだけ本気の一撃で屠ってやろう」


 バジリスクを鞘に納め、右腕を突き出し手の平を堕獣へと向ける。

 そして――変化魔法を右腕だけ解除した。

 漆黒の体皮、太く逞しい腕、さらに変化魔法にて抑えられていた我本来の魔力が右腕からあふれ出す。


「ブ、ブギャギャ?」

「今さらだな。貴様は俺の実力を知って挑発していたんだろう?」


 我の魔力に触れて、堕獣は明らかな怯えを見せている。

 右腕だけの魔力でこれなのだから、我が本当の姿を見せてしまえば放出される魔力の余波だけで殺せるかもしれないのう。


「さあ――吹き飛べ」


 我が放ったのは何の魔法でもない。である。

 だが、堕獣の結界は我の魔力に触れただけで消失し、触手は跡形もなく消え、本体も三分の二が吹き飛んだ。

 単眼も無くなり、残ったのは地面に触れていた数本の触手のみ。その触手も主が死んだからなのか、数秒後には急激に萎れてしまい白い粉になってしまった。


「全く、迷惑な幻獣だったな」


 堕ちた幻獣。

 もしシルバーが我と出会えなければ、同じ運命を辿ったのだろうか。そう考えると、少しだけではあるがホッとしてしまう。

 今の我にとって、シルバーはカノンと同じ友のような存在だからな。


「風向きも変わったか」


 今なお結界内に漂っていた黄色い花粉だが、風向きがカノンの家から逆に吹いているのを確認したところで結界を解除した。

 そのまま人間界に広がるのはまずいので、強力な風を起こして拡散させるのも忘れない。

 世界は広い。これくらいで死ぬような柔な生き物はいないだろう。


「……そうだ、良いことを思いついたぞ」


 納得してくれるかは聞いてみなければ分からないが、我はとある思いを胸に秘めてカノンの家へ戻って行った。

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