第42話:違和感の正体①

 何処に向かうべきだろうか? 否、悩む必要は全くなかった。

 この違和感の正体は、我を誘うかのように居場所を教えてくれておる。我の実力が分かっておらんのか、それとも分かっていて誘っておるのか。

 ……ふん、今回は明らかに後者であるな。我の実力を知ってなお、挑もうとしておる。

 何者かは知らんが、ギャレスやバラン以上に楽しめることを願おうかのう。


「……さて、この辺りのはずだがな」


 違和感を追い掛けてやってきた場所は結界との境目にほど近い場所である。シルバーと訪れた森にほど近い場所でもあるところを見ると、結界への侵入をずっと狙っていたのだろうな。

 この結界の中にある何を狙っているのかは分からんが、カノンの安寧を脅かそうとするならば、容赦はせんぞ。

 立ち止まり周囲を見回していると、違和感の正体が姿を現した。


 ――フシュルシュル。


 緑色の体皮と表現していいのか、植物の蔓が絡まってできたような容姿。左右と下からは無数の触手が蠢き、その太さは五〇セルチにも及び周囲の木々をなぎ倒している。


「こいつは、魔族でもないな」


 この容姿である、もちろん人間でもないだろう。

 ならば何なのか? それは似ても似つかない彼奴と同じ存在なのだろう。


姿か」


 シルバーと同族……いや、同族だった存在と言う方が正しいかもしれん。

 魔族からも人間からも遠ざけられ、従う者も見つけられず、挙げ句の果てに心が壊れてしまった幻獣。

 こうなってしまえば元の姿も分からず、本能のままに破壊を繰り返していく。

 堕獣だじゅう、とでも呼ばせてもらおうか。


 すると、突如巨大な蔓が絡まりあった体の中心に一筋の亀裂が横に走り、上下に開かれた。

 そこには血走った単眼が我を睨みつけるようにして現れたのじゃ。


「堕獣は厄災の始まりとも言われている。目にした瞬間から殺戮が始まり、討伐されるまで何もかもを破壊し尽くしてしまうからな」


 バジリスクを抜いて剣先を堕獣へと向ける。

 ここで逃してしまえば、次に狙われるのはカノンとシルバーだ。

 堕獣との戦闘は初めてだが……さて、どうなることやら。


「フシュララララアアァァッ!」


 バジリスクの脅威を感じ取ったのか、堕獣は触手を左右と上に伸ばしたかと思えば、我目掛けて振りかぶってきた。

 軌道を見極めて回避しながら、バジリスクを振り抜き触手を両断していく。

 痛覚が存在しないのか、触手を両断しても動き一つ変えることなく無数にある触手で次から次へと攻撃を仕掛けてくる。

 接近して体と思われる箇所を斬りつけたいが、これだけの手数を前にしては早々に飛び込めない。

 正面からの攻防では、堕獣に分があるようじゃのう。


「ならば、搦め手を使わせてもらおう――バジリスク!」


 ギャレスとの一戦でも披露したバジリスクの能力が一つ――魔虫を異空間から吐き出した。


「フシュルルッ!」


 それも、両断した触手の傷を媒介にして超近距離からの攻撃である。

 魔虫が触手を食い破り、本体へ接近していく。

 攻撃の手数が多かろうと、防御手段がなければ倒すのは容易である。このまま終わってくれるのも良し、魔虫を退けるのであれば我が楽しめるのでそれも良し。


 どちらに転ぶか見ていると――むふふ、こちらも後者に転んだようじゃな。

 魔虫に侵食された触手を放棄したのだろう、無事な触手で叩き潰すように何度も自傷行為を繰り返し、挙げ句の果てには引きちぎると我に投げつけてきおった。

 跳び上がって回避すると、今度はバジリスクから魔虫を出現させて飛ばしていく。

 だが、こちらは触手に叩き落とされてしまい効果が薄い。


 ならばと魔虫をけしかけながら前進、バジリスクで触手を切断しながら堕獣へと近づいていく。

 四方八方から迫る触手を全て相手にするのは難儀だが、魔虫に後方を任せてしまえば前方にのみ集中できるので意外と簡単である。

 これも魔虫を多く育てていたからできることであり、我の魔力あってのことなのじゃ。


「ブジュオオオオォォッ!」


 攻撃が当たらないことに苛立ち始めたのか、堕獣は自ら我の方へと近づいてきた。

 下から生えている触手が蠢き、邪魔な木々をなぎ倒して前進してくる。

 我としては直接斬りつける好機なので、こちらからの前進も止めることはない。

 彼我の距離が我の間合いに入ろうとしたその時だった。


「ブモオオオオォォッ!」

「なあっ!」


 あまりにも予想外な行動に、我も度肝を抜かれてしまった。

 横幅もあり、高さもある。明らかな超重量級の堕獣であることから、鈍重であると高を括っていたのかもしれない。

 だが、この行動はさすがに予想できなんだ!


「まさか、跳び上るのか!」


 超重量級の堕獣が跳躍。そのまま五メトル以上跳び上ると、我の頭上には下から伸びる無数の触手が覗き――触手の雨を降らせた。

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