第29話:バラン

 我の言葉を受けて、バランは顎に手を当てて考え始めた。

 少し、意外である。バランなら一つ返事で受けてくれると思ったのだが。この村に何か思い入れでもあるのだろうか。


「何か、思うところでもあるのか?」

「いえ、そう言うことじゃないんですけど……サラさんが嫌がってなかったかなと思いまして」

「あー、なんかそんなことを言っていたな」

「やっぱりねー」


 む、サラとバランは仲違いでもしておったのか?


「もし仲が悪いとかあるなら、今回だけ師匠として受けてもらえるだけでも助かるんだが……」

「あぁ、師匠の件は問題ありません。僕でよければお受けします。むしろ、それを断った方がサラさんに怒られる、もとい殺されそうですから」


 苦笑を浮かべるバラン。その表情で苦笑されると、人間の女はすぐに惚れてしまうかもしれんのう。


「それならいいんだが」

「まあ、サラさんなら何とかなるかな。それで、移動はいつになるんですか?」

「バランに問題がなければ今すぐにでも転移で移動したいと思う。家にサラと勇者二人を置いてきてるからな」

「それじゃあ、村長に村を出る挨拶だけでもしてこようかな。一応、一年くらいお世話になりましたから」


 立ち上がったバランは我に待っているよう声をかけてから家を出て行った。

 座ったまま家の中を見回してみると、部屋の中には様々な雑貨が並べられており、中には手作りと思われる品まである。

 台所の隅には袋に入った大量の野菜があり、村の畑で採れたのだろう。

 ……バランは、この村で悠々自適に暮らしていたのかもしれんのう。

 そんなことを考えながら待っていると、バランが一人の老人と共に戻ってきた。


「グレンさん、こちらは村長さんです。僕が村を出ると言ったら、連れの人に挨拶をしたいと言ったので連れてきました」

「村長、急を言ってしまい申し訳ない」


 我は立ち上がり村長に頭を下げる。

 昔の我であればあり得ないことじゃが、グレンとして暮らすならば当然のことであろう。


「いやいや、気にするでないよ。元々、バラン殿はそのうちふらーっと、出て行くと思っておったからのう」

「あはは、よく分かってますね」

「長いこと生きておるとな、そんなことも何となく分かるようになるんじゃよ」


 楽しそうに話す二人を見て、やはり悪いんじゃないかと思い始めてしもうたわ。


「バラン、ここが心地良いなら無理しなくてもいいんだぞ?」

「いや、大丈夫です。村長も、またいつでも戻っておいでって言ってくれてますし」

「うんうん、何ならその時はグレン殿も一緒で構わんぞ」

「……考えておきます」


 村長の言葉に、我は苦笑しながら答えた。

 その表情には長く生きた人間の慈愛が満ち溢れていたように思う。我も長く生きておるが、あれほどの慈愛を持ち合わせてはおらんだろうな。

 命短い人間だからこそ、持ち合わせることができるのじゃろうか……分からんものじゃのう。


「それじゃあグレンさん、行きましょうか」

「行きましょうかって、バラン。準備するものとかないのか?」


 行く気満々のバランだが、その身には自らの愛剣である名剣ハディッシュしか持っていない。


「僕にはこれがあれば、後はなんとかなりますから。それに、グレンさんのところで暮らしてもいいんですよね?」

「まあ、バランが良ければだけどな」

「あっ、でもサラさんがいるんですよね。……一緒に暮らすってなっても、殺されそうだな」

「んっ? 何か言ったか?」

「あー、何でもないです」


 首を傾げる我に苦笑しながら、バランと村長が家を出るので我も続いて外に出た。

 すると、そこには先ほどの老夫婦の他に多くの村民が集まっていた。


「バランさん、また戻っておいで」

「あんたには色々助けてもらったからな、いつでも待ってるよ」

「バラン様! 私はいつまでもあなたを待っていますからね!」


 最後の女は明らかにバランに惚れておるな。あの顔で微笑まれでもしたかのう。

 ……というか、集まっているほとんどの女性がバランに惚れているのではないか? 遠目から男達が睨みを利かせているような気がするぞ?


「皆さん、ありがとうございます。流れ者の僕だから、あまり待たないでくださいね」

「キャー!」


 苦笑するバランに女達の黄色い声が飛ぶ。……バラン、恐るべしじゃな。

 このままだと先に進めない気がしたのだが、バランがタイミングを見計らって門へ歩き出してくれたので、我もそのまま歩き出した。

 門まで見送りをしてくれた村長や村民に手を振って別れたバランは、村が見えなくなったところで大きく伸びをした。


「ああーっ! 久しぶりに魔境に行くんですね、ちょっと楽しみですよ」

「魔境に行くのが楽しみな魔族なんて、お前くらいだろうな」

「何年も人間界で放浪してましたから、少しだけ懐かしく感じるんですよね」

「そうか。それなら、さっさと行くとするか」


 周囲に人間の気配がなくなったところで我が促すと、バランも頷いてくれたのでそのまま転移魔法で家まで戻っていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る