第35話:我儘とできること

 シェイラとアヤの指導方針が見えてきたところで、今日は解散となった。

 まあ、解散とはいっても何処かに行くわけでもないので家の中で談笑するくらいしかやることはない。

 特に我の場合は指導する立場でもないので本当に、本当にやることがないのだ。

というわけで――


「……ちょっと出かけてくる」

「どちらに行かれるのですか?」


 すぐにサラから問い掛けられる。


「秘密だ」

「でしたら私も同行したいと思います」

「それでは秘密にならないだろう」

「でしたら教えてください」


 はぁ、どうしてサラはこうもついて来たがるのじゃろうか。我にだって一人でやりたいこともあるというのに。


「ダメだ」

「嫌です」

「却下だ」

「否定します」

「……」

「……」


 無言で睨み合う我とサラを目の前にして、シェイラとアヤが緊張しているのが伝わってくる。

 さすがの我も怒ろうかと思った時――バランが間に入ってきた。


「サーラさん」

「黙れバラン殺しますよそれとも殺されたいのですか殺されたいのですね?」

「ちょっと、矢継ぎ早に喋り過ぎですって!」


 まるで呪詛のように言葉を連ねるサラに顔を引きつらせながらも、バランは引き下がらなかった。


「グレンさんにも色々考えがあるんですよ。それを邪魔してしまったら、グレンさんに迷惑を掛けることになりますよ?」

「私が迷惑を掛けるわけないじゃないですか」

「でも、今実際に迷惑そうですけど」

「何を言って…………そ、そうなのですか?」


 我の表情をちゃんと読み取ったのか、サラは顔を青くして呟いた。

 眉間にシワを寄せ、腕組みをしている我を見て、怒っていることを理解したのだろう。


「もっと俺のことを信用してくれていると思ったんだがな」


 見た目よりも怒っているわけではないのだが、ここで甘いところを見せてしまうとせっかくバランが作ってくれた流れが水の泡になってしまうからのう。


「わ、私は信用しております! 私以上にグレン様のことを想っている者などおりません! 不肖ドレイウ――ぶふっ!」

「わー! わーー!」


 まさか魔族名を口にしようとは!

 我は慌ててサラの口を押えて声が出せないようにした。


「……な、何を考えておるのだ!」

「……ぼ、ぼうびばけごばいばべん」

「あー、何を言ってるのか分かりませんよ?」


 冷静にツッコミを入れるバランの言葉を受けて、我はサラの口から手を放して溜息を漏らす。

 その姿に自分が不甲斐ないと思ったのか、珍しくサラが落ち込んでしまった。


「……数日で戻ってくるから心配するな。種明かしは後でするからな?」

「……わ、分かりました」


 サラの返事を聞いて、我はバランと二人の勇者にも断りを入れて家を出ると、すぐに転移魔法を使って移動した。


 ※※※※


 我が移動した先は魔境にそびえる数多の山脈の一つ――ブラッドブロッグである。

 険しい山、というわけでもなく、魔境にある山脈からすると比較的登頂が簡単な山脈だ。

 何故我がブラッドブロッグにやってきたかというと、ここでアヤと、ついでにシェイラへ渡す剣を作る為の鉱石を取りに来たのだ。

 魔境には属性持ちの鉱石が数多存在しているが、ブラッドブロッグで採れる鉱石はその最たるものなのじゃ。

 登頂が簡単な山脈に何故? と思う者もいるのだが、ブラッドブロッグは登頂よりも洞窟の最深部へ向かうことの方が難しい。

 それも横に伸びているだけではなく、下へと潜って行くものだから人間は当然ながら、魔族であっても潜ろうと考える者は少ないのだ。

 下へ潜るからこそ低い山脈になったともいえるのだろうな。


「しかし、ここで採れる鉱石は魔法を良く通すからのう」


 そう、ブラッドブロッグの最深部でのみ採れる鉱石――ボーヴィルスは現在発見されている鉱石の中では群を抜いて魔法を通しやすい鉱石として知られている。

 世に出ていない我が知る鉱石を加えても、ボーヴィルスは上位に位置する高性能な鉱石なのだ。

 アヤにはボーヴィルスで作る双剣が必ず必要となるだろう。我ができることといえば、今はこれくらいだからのう。


 転移で最深部まで飛んでもいいのだが、少しくらい楽しみがないと我もやってられんからのう。せっかくだから入口から潜ってみるか。

 そんなことを考えながら炎の海を抜け、氷の牢獄を潜り、いかずちの部屋を通り、さらにいくつかの過酷な通路――我からするとそよ風のようなものだが――を進み行きついた最深部にて、我は目的のボーヴィルスを発見した。


「ほほう。久しぶりに来てみれば、面白い奴が住み着いておったのう」


 あれだけの過酷な通路を抜けて最深部まで来れる魔族もそうそういないだろうに、まさか魔族とも人間とも言えないを見つけることになろうとはな。


「ここはお主のようなものが来る場所ではないぞ?」

「――……グルルルルゥゥッ」


 太く長い四肢で地面を踏みしめ、鋭利な爪と牙が怪しく輝いている。切れ長の鋭い両の瞳が我を睨みつけているが、一番の特徴は美しく揺れている白銀の体毛であろう。

 と呼ばれる類の生物――幻狼げんろうレオルバルドスが白い息を吐き出しながら襲い掛かろうと身体を沈めたところだった。

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