第33話:模擬戦
――キイイイイィィン!
甲高い金属音が結界内にこだまする。
ハディッシュと、我の首の間に滑り込ませたバジリスク。
完全なる不意打ちだが、バランの性格を知っている我であれば防ぐことも可能じゃ――が、これで終わるバランではないだろう。
案の定、突進の勢いを斜め上に向けて跳躍、頭上を越える間際に
左腕で蹴撃を受け止めると、我の腕を足場として空中で一回転、すれ違いざまに後頭部めがけてハディッシュが再び襲いかかってきた。
前方へ転がり刃を逃れると、立ち上がりながら振り返りバランと対峙する。
「……いつも通りだな」
「これで仕留めきれないのはグレンさんくらいですよ」
「俺は何度も模擬戦をやってるからな」
「それでも防げない奴は防げません」
「さて――行くぞ!」
やられっぱなしも癪である。我は地面が陥没するほどの力で蹴りつけると、間合いに入った瞬間に横薙ぎを放つ。
反応を示したバランは受けつつも力の流れに逆らうことなく飛び退き威力をいなしながら大きく距離をとって着地。
直後には駆け出して残像を残す足運びで間合いを詰めてくる。
「
「「「「はあっ!」」」」
足を細かく運びつつ、時折地面を強く蹴りつけて大きく移動、それを繰り返すことで残像を残すことができる。
声まで四重に聞こえるのだからバランの残脚も大したものじゃわい。
ただし、このうち本物は一人のみ。我はバランの気を読み取り、四人のうちの一人の斬撃を受け止める。
「――見事です!」
「ふん、造作もないな!」
力任せに押し切るとバランは数歩たたらを踏んで後退した。
我が攻めかかろうとすると、突如としてバランが立つ地面が大きく陥没、土がめくれて土煙が上がり視界が悪くなる。
それでも、我は構わず土煙の中に侵入してバジリスクで豪快に袈裟斬りを放つ。
その場にバランはいなかったが、我の一振りで土煙を吹き飛ばし視界が広がる。
「――せやあっ!」
足音もなく移動していたバランが後方から斬り上げを放つが、我は振り返りざまに再びの袈裟斬り――今度はお互いが剣を振り抜いたことで耳朶を強烈に震わせる轟音が発生。
遠くから見ているシェイラとアヤが両耳を押さえる中、音の中心にいる我らは平然と剣を振り続けた。
「ふっ!」
「あまい!」
斬り合いの間断に掌底が放たれるものの、我は左腕を突き出して相殺、お互いに数歩下がって仕切り直しとなった。
「ここまでは、小手調べなんだろう?」
「当然です。僕だって、成長しているんだと見せないといけませんからね」
ハディッシュを右手で握りだらりと力を抜いた構えを見せるバラン。
隙だらけのように見えるが、実際には一切隙がなく、見極められずに飛び込めば一瞬でハディッシュの餌食になるだろう。それこそ我であっても腕の一本は覚悟しなければいけないほどの警鐘が頭の中で鳴らされておる。
バランの奴、だいぶ強くなっておるようじゃのう。我にこれだけの警戒をさせるとは!
「面白い、楽しみだな!」
「ふぅ、ふぅ、ふぅ、ふぅ……しっ!」
かき消えたかと思えば、バランの姿がそこかしこに現れた。
その数は先ほどの四人にとどまらず、八人から一六人と四倍に増えている。残脚といえど、ここまでに数を増やせるとは、いや驚いたのう!
だが、残脚はただの残像である。結局は本物の一人を見つけることができれば残りの一五人はただの風景に成り下がるのじゃが……ほほぅ、これは、面白いかもしれんぞ!
「「「「気づきましたか?」」」」
「本物の気配が、そこかしこから感じるな」
「「「「気配だけじゃ、ないんですよ?」」」」
「なんだと?」
我の声が聞こえたかどうか、呟きと同時に十六人のバランが我に殺到してきた。
警戒して数人分の斬撃を払いのけるが、やはり手応えなく通り抜けてしまう。その中で気配を感じる一人が我に逆袈裟を仕掛けてきたので、より警戒しながら横薙ぎを放つ。
「「「「やはり、これだけではダメですか」」」」
「お前が本物か?」
「「「「こっちにもいますよ!」」」」
「お前からも気配が――」
目の前のバランと鍔迫り合いをしている。それは間違えないのだが、後方から近づくバランからも明らかな殺気を感じ取り横に転がって回避する。
後方から来たバランの刃は、我の髪を斬り裂き宙を舞っていた。
「……本物が、二人?」
「「「「二人だけだと思いますか?」」」」
「……気配を感じる奴、全員が本物だと?」
「「「「確かめてみてください!」」」」
我の感覚に間違えがなければ気配を持っているのは四人である。そちらだけを警戒するべきか、他の奴にも本物が混じっているのかが分からん。
「「「「これは残脚であって、残脚にあらず」」」」
「新たな残脚か! 面白い。面白いが、全てを叩き潰すだけだ!」
ギャレスとの戦いでもこれほど滾ったであろうか? 否、今の戦いの方が我は楽しいと感じておる。
バランが用いている残脚だが――もちろん我も使えるのじゃよ!
我が用いた残脚は残像を残すことに特化しておらず、速度重視に残脚である。気配を持つバラン以外に一瞬で肉薄するや否やバジリスクを振るい両断していく。
やはり、というべきか。気配を持たないバランを斬っても手ごたえは一切なく、刃と刃がぶつかり合うこともない。
気配を持たない一二人を斬り捨てると、残る四人が完全同時に別の箇所を狙ってハディッシュが振るわれる。
超高速でバジリスクを振るうと二人の刃を弾き飛ばして、残る二人の刃を紙一重で回避。更に渾身の横薙ぎから態勢を崩していた最初の二人を両断する。
「これは、偽物か」
「「さすがグレンさんですね!」」
残る二人の内、一人が本物のバランのはず。
四人を相手取るよりは楽になるだろうと考えていたのだが、二人のバランは一撃の重みも、迫る速さも先ほどまでとは桁違いに上がっていた。
おそらく、力を分散させていたのだろう。その分散がなくなった分、二人の実力が上がったのだろうな。
それでも、我には及ばんようだ。
「はああああぁぁっ!」
「「うおっ!」」
残った方のバランを仕留めれば問題ないだろうが――やはりか!
二人のバランはどちらも我の覇気を受けると煙のように消えてしまう。
直後に起こったことは、我の後方、足元の地面が盛り上がりハディッシュの剣先が姿を見せるとそのまま胸めがけて突き出された。
「取った!」
勝利を確信したバランだったが、我は地面にあり得ない気配を感じていた。それもごくわずかな気配なのだが、それが恐らく本物のバランであろうと確信を得ていた。
何しろ、バランは自由剣士である。戦い方は過去例にないことを常に試みてくる奴じゃからな。奇をてらった策を講じてくることも多いのじゃ。
やはり、我でなければ勝利はバランであっただろうな。
「あまい!」
バジリスクの柄でハディッシュの剣先を受け止めた我を見て、飛び出してきたバランは驚愕の表情を浮かべている。
そして、自爆技だったのじゃろうな。首だけを出して動けなくなったバランの首にバジリスクの刀身をピタリを沿わせたことで、我の勝利が決まったのじゃ。
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