第44話:違和感の正体③

「ぐはあっ! ……ちぃ、やられた」


 地面を彩る鮮血。

 大量の血液を吐き出したことで血溜まりが出来上がってしまう。

 ギャレスとの戦いでは片腕を持っていかれたが、ダメージで言えばこちらの方がでかいだろうな。


「ブジュララララッ!」


 高らかに笑う堕獣を睨みつけながら、我はふらつく体に力を込めてバジリスクを握り直す。

 ふぅ、と息を吐いてだらりとした体勢のまま堕獣を見据える。

 我の雰囲気に気づいたのか、あれだけ笑っていた堕獣の声が止み、単眼で観察を始めた。

 ただ近づくだけでは触手によって邪魔をされてしまう。ならば、少しを変えてみようではないか。


「――残脚ざんきゃく


 バランが模擬戦で見せた残脚、それとは異なる我の残脚。

 細かな足捌きから四人の幻影を作り出し、四方から攻撃を仕掛ける。

 体全体から伸びる触手が振り回されて四人の我を吹き飛ばそうと攻撃を仕掛けてきた。


「「「「甘い!」」」」


 黒刃を四人の我の周囲に顕現させて触手を斬り飛ばしていく。

 まとめての迎撃が無理だと判断したのか、堕獣は一人ずつ仕留めることに切り替えたようじゃ。


 最初に狙われたのは正面の我である。

 三人へ当てられている触手の倍以上の数が殺到すると、黒刃だけでは捌き切れずに幻影が吹き飛ばされてしまった。


 次に狙われたのは右の我である。

 一人がいなくなったこともあり、さらなる数の触手が殺到して一瞬で吹き飛ばされた。


 残り二人となった時点で、堕獣は触手をそれぞれに殺到させた。

 二人いなくなった時点で、当初の触手から倍の数になっている。本来であれば耐えきることはできないだろう。


 だが、残脚は数が減るほど残った幻影は本物に近い実力を発揮することができる。

 一瞬で吹き飛ばせると考えていた堕獣だが、思いのほか粘る二人の我に怒りの声が漏れ出ていた。


「ブジュル! ブジュル!」


 そこで飛び出してきたのが、黄色い花粉である。

 触手での攻撃は継続されている。その中で花粉攻撃も同時に浴びせることで確実に仕留めようという魂胆か。

 だが、その考えは間違いなのだよ。


「「残像に、花粉攻撃は効かないぞ!」」

「ブジュルッ!」


 堕獣からすると予想外だったのか、さらなる怒りを込めて触手を横薙ぎ――いや、体を回転させて全ての触手を振り回し始めた。

 完全な力技なのだが、残脚を前にしてこの戦法は効果的である。

 二、三本の触手なら簡単に躱せるが、面を支配できる無数の触手でこれをやられてしまえば逃げ場はない。

 さらに距離があるならまだしも、今は直接攻撃をする為に近づいていた時である。当然、後退するにも間に合わない。

 結果――二人の我は触手の直撃を受けた。


「ブジュララララッ! ……ブジュ?」


 くくくっ、やはり貴様は甘いのだ。

 我の本体が四人のうちのどれかだと思ったのか? まさか、そんなわけがなかろう!

 まあ、これはバランが最後に見せた攻撃を参考にして、我なりに改良を加えた新たな残脚なのだがな。


「――残脚疾風ざんきゃくしっぷう


 最終的に堕獣が力技に出るだろうことは予想しておった。だからこそ、我はあえて四人の幻影を何の警戒もなく近づけさせたのじゃ。

 二人目まで簡単に仕留められたのも、残る二人で粘り続けたのも我の思惑通り。花粉攻撃が効かないのは全てが残像なのだから当然であり、最後の攻撃も、その後の堕獣の困惑も――全て我の予定通りじゃ!


「バジリスク、最大出力!」


 気配を消し、触手の射程外から戦況を見守っていた我は風となり一瞬で堕獣を間合いに捉える。黒刃をバジリスクに纏わせて刀身の長さを一〇メトルにまで伸ばすと、渾身の袈裟斬りを放つ。


「ブジュルルララアアァァッ!」


 大量の触手が切断されるのを目にして、堕獣が吼えた。

 花粉が撒き散らされ、結界内が黄色一色になる。

 全ての触手が目の前にいる我に殺到する。

 そして――謎の結界によって黒刃が徐々に収縮していく。

 ここで決めきれなければ、いくら我でも危ないかもしれん。


 ならば、出し惜しみはできんのう!

 残っている魔虫を全て放出、迫る触手を侵食するとともに、壁として使い物理攻撃を防いでいく。


「はああああっ!」


 花粉に対しては大声を上げるとともに大量の息を吐き出して我の周囲の花粉を吹き飛ばす。

 それでも、振り抜いたバジリスクの黒刃は本体を始めて傷つけることはできたが、仕留めるまでには至らない。


「ブジュ! ブジュウウウウゥゥッ!」


 痛みに耐え抜いた堕獣は、最終手段なのか全体重を持って我を圧死させようと跳び上る。


 ――それが、我の一番の狙いよ!


 堕獣といえども空中で動き回ることはできない。空は翼を持つものの領域である。

 ならば、今この時を狙わずして何とする!

 堕獣のダメージは確かに薄いだろう。だが、確かに黒刃は届いている。そして、その箇所は触手も切断されて内側へ直接攻撃できる状況じゃ。


 跳び上がった堕獣のさらに上へと我が跳び上る。

 息を止めて、花粉を吸わないようにして跳び上がった先で見おろすと、そこには触手の内側にある堕獣の本体が目視できた。

 黒刃では消失してしまう。他の遠距離攻撃は何か? 決まっておる。


「これで、終わりだ!」


 我は――特大の破気を堕獣の本体に叩き込んだ。

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