そこは知りたくなかったです


 繭たちが帰ったあと、環と一緒に夕食の支度をしながら、ほとりは思い出していた。


 そういえば、朝も繭は裏のおじいちゃんになにかを運んでいたと。


「ねえ、環」

と長ネギをザクザク切りながら、ほとりは訊いた。


「繭が『お得意様 A』って、裏のおじいちゃんの電話番号を登録してたじゃない。

 Aってことは、Bも居るの? って訊いたら、Bは居ないって言ってたんだけど。


 なんで、Aなのかしら?

 裏のおじいちゃんの名字は田中よね」


「AVのAだろ」

と鍋に昆布を投入しながら、環が言う。


「……AV機器のA?」


「アダルトビデオのAだろ。

 いまどきビデオじゃないと思うが」

と言う環に、えーっ、と言う。


「すぐわかる環がなんかやだーっ」


「俺が頼んだんじゃねえだろっ」

と振り向き、言い返してくる環に、包丁っ、包丁っ、と叫ぶ。


 その手には、まだ、えのきを切ったばかりの包丁があったからだ。


「コソコソ箱に隠して運んでたんだから、そうなんじゃないかと思っただけだ」

と言い訳してくる環に、


「警察に言ったみたいに、女の子の人形だと言われた方がなんかマシだったわ……」

と呟いて、そうか? と真顔で言われてしまった。





『警察が来ました』


 ……何処に?


 送ったタイミングが悪かったのかもしれないが、ほとりから戻ってきたメールは相変わらず、短く、わけがわからない、と和亮かずあきは思っていた。


 自宅に帰り、洗面所でほとりから届いたメールをチェックしていたときのことだ。


 別に隠れて見ているわけでもないのだが。


 母親に見つかると、いろいろと言ってくるので、此処で見ている。


 この間も、母親は、

「和亮さん、早くほとりさんを連れて帰ってちょうだい。

 体裁の悪い」

と言ってきた。


 いや、離婚したんですが……。


 母にはまだ、状況が理解できていないようだった。


 自分の息子が離婚されるとか意味がわからないらしい。


 それにしても、俺は警察に通報しろと言っただけだが。


 この感じだと、なんとなく、ほとりが逮捕されそうな文面なんだが。


 いや、ほとりという人間を知っているので、なにかやらかして捕まってそうだな、と疑ってしまうだけなのだろうが。


 ちょっと心配なので、電話をかけて、問いただしてみたい気もする。


 だが、此処で首を突っ込みすぎて、鬱陶しいと遠ざけられたくはない。


『なにがあったんだ?』

とさりげなく、世間話でもするように訊いてみる。


 ……なにか結婚する前より、ほとりに気を使ってるような、と思いながら。


 まだ逆転の可能性がないとも限らないから、嫌われたくない、と思っていた。


「どうせ、すぐ飽きるさ、長谷川環なんか」

 そう呟き、鏡の中のおのれを見る。


 長谷川環も男前かもしれないが、俺だって、全然負けてない、と思っていた。


 よしよし、とおのれの顔をチェックしたところで、

「和亮さん、ご飯よー」

と言う母親の声を聞く。


 はい、と短く返事をし、和亮はスマホを手に洗面所を出た。




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