じゃあ、犯人、誰なんだろうな~?


 松の木で揺れる男を見ながら、ほとりは庭先を掃いていた。


 とりあえず、繭が犯人でないことを証明することばかり考えてたけど。


 繭が犯人でないのなら、犯人、誰なんだろうな~。


 あれから、警察、やっぱり自然死でしたとか言ってこないみたいだから、事件だったんだろうし。


 ドラマとかだったら、素人探偵でも、バンバン情報入ってくるのに。


 状況もなんにもわかんないしなあ、と思っていると、本堂から環が、

「ほとり、電話」

と言ってきた。


「えっ? 誰から?」

と振り向く。


 自分宛の電話は大抵、スマホにかかってくるからだ。


 環は黒電話の受話器を手に、

「昨日来た刑事。

 若い方」

と言ってくる。


 なんの用だ。


 なにか教えてくれる気か? と思いながら、本堂に行って、受話器を取ったが。


 警察からかかるときは、どちらかと言えば、訊きたいことがあるときだろう。


「もしもし?」

と出ると、


『あっ、ほとりさん。

 少々お伺いしてもいいですか?』

と伊佐木は勢い込んで訊いてくる。


 なんでスマホにかけて来なかったんだろ、と思ったが、よく考えたら、教えてはいなかった。


 まあ、寺の番号なら、誰でもわかるもんな、と思いながら、

「はい、どうぞ」

と言うと、


『ほとりさん、山本の家に行ったこと、あるんですよね?

 繭さんじゃない方。


 此処って、霊、出るんですか?』

と伊佐木は言い出す。


 ……なに訊いてきたんだ、この警察、と思いながら、受話器を見つめていると、


『今、僕来てるんですけど。

 なにも霊見えないんですよ。


 殺人現場なら、霊って居ますよねっ?


 見えないってことは、僕、霊見えないんですよね?


 あの女の子は生きて動いてる、本当の女子高生で、ちっちゃい武士の人は、スマホで動いているんですよねっ?』

と伊佐木はまくし立ててきた。


「えーとですね、伊佐木さん」


 ほとりが、なんと答えたものかなあ、と思っている間にも、伊佐木は、なにやら言い続ける。


『僕がカラオケで、なにか曲入れなよって言ったのに、黙ってた男は、うちのサークルの幽霊部員ですよね?


 河原で夜桜見てたとき、可愛い女の子がじっと川面を見てたから、あの子、いいねって言ったら、友だちが、その手前に居た全然違う女の子の話始めたけど、僕が指差した先をちゃんと見てなかっただけですよね?


 道を足が折れたまま歩いてる人とすれ違ったから、あの人、病院行かなくていいのかな? って言いながら振り向いたら、友だちが、……そうだねって小さく答えたまま振り返らなかったのは、きっと首でも痛かったからですよねっ?』


「……伊佐木さんの周りの人はいい人たちですねえ」


 ほとりは思わず、そう呟く。


 伊佐木が今まで霊が見えることに気づかなかったのは、霊たちを生きた人間だと信じて疑わない彼に、誰も突っ込まなかったからだろう。


「このまま伊佐木さんが、周りの人たちに感謝しないまま終わってしまうのも、なにか違うような気もするし、なんて答えたもんでしょうかね」


 そうほとりが呟くと、伊佐木がわめき出す。


『なに思ったこと全部言ってんですかっ。

 それ、言ったも同然ですよっ』


 沼田さんの場合は、気づかぬフリをしてあげてるというより、伊佐木さんが訳のわからないことを言っている、くらいに思って、流してるんだろうなあ。


 もともと伊佐木さん、たいして見えないようだし、と思いながら、ほとりは言った。


「わかりました。

 では、今から、伊佐木さんが望む通りの答えを言いましょう」


『それも言ったも同然ですよっ』


 ……困った刑事さんだな、と思いながら、ほとりは言う。


「では、真実を言いますと、そこで殺されてた人の霊は、我々に驚いて走って逃げていきました。


 今、何処に居るのかわかりません。


 もしかしたら、戻ってきてるかも」


 ええっ? と叫んだあとで、伊佐木は、


『ほとりさん、来てくださいっ。


 ええっと、そうだっ。


 この間、タウン誌のプレゼント企画で当たったお食事券五千円分あげますからっ」

と太っ腹なんだか、しょぼいんだかわからないことを言ってきた。


「いりませんよ。

 せっかく当たったんでしょう?


 伊佐木さんが彼女と行ってください」


『僕、彼女居ませんっ』

と告白してくる伊佐木の後ろで、沼田が、じゃあ、俺にくれよ~と言っているのが聞こえてくる。


 うーむ。

 彼女居ません、まで暴露させてしまったことだし、ちょっと覗いてくるか、と思い、電話を切ったほとりは、外で檀家さんと話している環の方を覗き、


「環、車貸して~」

と言って、


「今度は、何処行く気だ、放蕩嫁め」

と言われてしまった。




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