誰がだ、こら
こういうところ走ってると、目がよくなりそうだよなーと思いながら、ほとりは環に借りた古いセダンを走らせていた。
あの寺の軽トラはマニュアル車なので、運転する自信がないからだ。
この道、本当になんにもないな。
山と木としかない、などと考えながら、崖の側の道を下り続ける。
いい感じにうねうねした山道なので、街から走り屋がやってくると聞くが、未だ出くわしたことはなかった。
しかし、事件も気になるが、さっきのミワも気になるな、とほとりは思っていた。
魂が抜けたかのように倒れていたミワ。
彼女は、もしかして、消えようとしていたのではないだろうか、とほとりは思う。
このところ、繭と意思の疎通が出来るようになったり。
繭の反省の弁が聞けたり。
……まあ、あんまり口に出して言ってはいないが。
ずっと止まっていたかのような繭とミワの時間が大きく動き出している。
そして、昨日、ミワは、彼女を人に祟って出ている霊ではなく、普通の女の子として接してくれる人間に出会った。
ミワの中で、なにかが変わっていっているのを感じる。
最近、美和さんが現れなかったのもそのせいでは、とほとりは思っていた。
美和は死後も、孫の繭を、ミワと、ミワにより、背負っている罪から守ろうとしてきた。
だが、美和は、ミワが繭の許から離れようとしているのなら、自分も繭から離れるか、そっと見守るくらいでいいと思い始めているのではなかろうか。
そんなことを考えているうちに、ほとりの車は山を降り、山本家の近くまで来ていた。
自慢じゃないけど、方向音痴なんだよな~と思いながら、住宅街で車をとめていると、ほとりのスマホが鳴り出した。
「はい」
と出ると、
『うわっ、ほとりさんですかっ?』
と自分でかけておいて、驚いたように伊佐木は言う。
「……どうかしたんですか?」
と問うと、
『いや、本当に、ほとりさんにつながったんだな、と感激していたところです』
と伊佐木は、よくわからないことを言ったあとで、
『近くまで来れました?』
と訊いてくる。
環たちが居ないと道がよくわからない、と言ったからだ。
「はい、たぶん」
と周囲を見回した、ほとりは、
「赤い屋根のおうちの辺りまで来ました」
と告げる。
『僕、近くまで来てますよ』
と言ったかと思うと、伊佐木は、ひょいと角の木の塀のところから顔を出した。
よく知らない場所で、知り合いに会うと嬉しい。
例え、それが昨日今日知り合ったばかりの刑事でも。
ほとりが笑って手を振ると、伊佐木は何故か赤くなり、俯いた。
彼の近くまでゆっくりと車を動かした、ほとりは窓を開け、呼びかける。
「迎えに来ていただいてありがとうございます。
乗ってください、伊佐木さん」
と助手席に手をつき、身を乗り出して、ドアを押し開けると、伊佐木は、ええっ? という顔をする。
「いっ、いやっ、そんなっ。
密室で助手席とか、緊張するんでっ。
僕っ、前を走りますっ」
と真っ赤になって、両手を振ってきた。
「いやそれだと、うっかり伊佐木さんを引いてしまいそうなんで……」
と言ったのだが、伊佐木は自分を先導して走り始めた。
なにかアリスを導く不思議の国の白ウサギかなにかみたいだな、と思いながら、ほとりは、ゆっくりその後ろをついていく。
『誰がアリスだ……』
と環と和亮がダブルで突っ込んできそうだな、と思いながら。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます