おかしいと思ってたんですよ


「おかしいと思ってたんですよ」

と翌日、車を運転しながら、伊佐木は語る。


「みんなとカラオケとかに行ったときとか、隅に黙って座ってる奴とか見て、

『あいつ、歌わなくていいの?』

 って言うと、


『え、あ? おう……』

とか言って、みんな視線を彷徨さまよわせてたんです」


 伊佐木の告白を沼田は聞かぬフリをしていた。


「まさか今まで普通に話していた人たちや付き合っていた人たちの中にも霊が居るんですかね。


 ――って、沼田さん、聞いてますっ?」


「……聞いてない」


 そう告白する沼田は、伊佐木と向き合って座ってはいたが、目の焦点を合わせず、視線を彷徨わせている。


 まるで、あのとき、

『え、あ? おう……』

と言った友人たちのように。


「でもそうですよっ。

 もしかして、今まで付き合った彼女の中にも霊がっ」

とひとりわめいた伊佐木に、沼田が、


「お前、彼女とか居たのか?」

とそこだけは少し興味を示して訊いてきた。


「今は居ませんよ。

 過去、居ました。


 三日くらいで別れたりとか。


 向こうから言ってきたのに、

『なにか違った』

 とか言って、別れられたんですよ。


 なにかってなんなんですかねっ?


 彼女は、一体、僕になにを求めてたんですかねっ?

 ねえっ?」


 当時を思い出したように熱くなっていく伊佐木に、

「……俺に聞くなよ」

と沼田は言う。


 俗っぽい話題になったせいで、怖くなくなったのか、沼田は、

「しかし、お前、霊が見えるのなら、あの寺の連中と話が合うんじゃないか?

 もう一回、行って、話聞いてこいよ」

と軽口を叩き出した。


「嫌ですよ~。

 あの女子高生の子とか、結構可愛かったけど、霊と知ったら、もう話すの怖いですし」


「そういう偏見はいけねえな」


「……沼田さん、一度でも霊見てから言ってください」

と伊佐木が言うと、


「霊は見てないが、回ってるこけしなら見たぞ。

 あの長谷川環の嫁は、ファンだとか抜かしてたが。


 あのときは、怖いから、ファンだと信じようとしたが、そんなわけないよなー」

と今は平和な場所に居る沼田は言う。


「……あの人もホラーですよね」

とほとりを思い浮かべながら、伊佐木は言った。


「あの人、この田舎にまったく似合ってないですが。

 いつまで此処に居るんですかね?


 っていうか、なんのために、こんなところに居るんですかね?」


「選挙のための地盤固めだろ。

 他にこんなとこ帰ってくる理由ないだろが」


 ほら、着いたぞ、と運転してない沼田の方が言う。


 そこはあの山本ちかしの家の前だった。


「現場百回って言うからな」

と降りながら言った沼田は、ああ、と思いついたように笑う。


「山本ナニガシの霊が出たら、一気に解決だよなあ」

とさっきまで怯えていたくせに、そんなことを言う沼田は、霊の存在などまるで信じていないかのように見えた。


 まだ日が高いせいかもしれない。


 でも、この家、どよ~んとしてるんだよなあ、と思いながら、伊佐木も車を降りた。





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