失礼ですが、お名前は……?



 あねさんたちはどうしてるんだろうな。


 その頃、桧室ひむろは松の木の下でウロウロしていた。


 ミワは環と行ったが、自分も気になりながら、ついては行けなかった。


 カタギの人間ではない自分が出ていって、迷惑をかけてはいけないと思っていたからだ。


 ……まあ、よく考えたら、カタギだろうが、一般人だろうが。


 自分の姿は大抵の人間には見えてはいなかったのだが。


「動けるのなら行ったらいいじゃないですか」

と松の木の首吊り男が揺れながら言ってくる。


「私は動けませんけどね~」

と男が笑ったそのとき、ふっと横に新たな気配を感じた。


 見ると、くすんだ色のジャンパーを着た老人が側に立ち、松を見上げている。


「これはいい枝振りですな」


「貴方は?」

と桧室がその老人に訊くと、彼は名を名乗らないまま蔵の方を振り返り、


「怒りに任せて飛び出したら、何故か此処にたどり着いていたんですよねえ。

 此処は、妙な気で満ちあふれている」

と呟く。


 はあ、まあ、おかしな霊とか、供養されないままのいわくつきの品々がいっぱいですからね、と思った桧室は、改めて老人を眺め、おや? と思う。


「失礼ですが。

 カタギの方ですか?」


 ですか? と疑問系で訊いたのは、そのように見えなかったからだ。


 普通の人間が見たら、この男は、温厚な老人にしか見えないのかもしれないが。


 同業種の人間だと、お互い、幾ら隠していても、その気配は伝わる。


 老人は振り向き、笑った。


「おや、わかりますか。

 そういえば、貴方もその筋の方のようですね。


 いやあ、私はヤクザじゃないんですが。

 彼らと組んで、若い頃は密かにいろいろやっておりました。


 結婚して落ち着いて、穏やかになったつもりだったんですが。


 やはり、ふとした弾みに出るもんですな、いろいろと」


 密かにいろいろ、なにをやってたんだろうな、と思いながら、

「私、桧室と申します」

と桧室が名乗ると、


「桧室さん。

 いいお名前ですな。


 私は山本と申します。

 よくある苗字なんですが、名前の方はちょいと変わっておるんですよ。


 『山本ちかしと申します」


 そう言い、ニッと老人は笑った。





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