どうしようか、無能だ


 どうしようか、無能だ。


 ほとりは、駆けつけた鈴木巡査を前に固まっていた。


 未來みくが用水路に落ちたときの鈴木巡査だ。


 近くを自転車でパトロールしていたらしく、すぐに来てくれたのはいいのだが。


 ……また貴方ですか、と思うほとりたちの前で、彼は、いきなり、

「犯人は繭さんですか?」

とのたまった。


「なんでですか」

と現場を荒らさないよう、庭から鈴木巡査の居る室内を覗きながら、ほとりが問うと、


「だって、此処に繭さん宛ての荷物があります。

 なんで、繭さんの物が山本さんちにあるんですか?」

と遺体の側に転がっている細長いダンボールを示し、言い出した。


「配達ミスじゃないんですか?」


 同じ山本だし。


 訊いてみたら、此処の住人の名前は、

『山本ちかし

だと言う。


 遠目に見たら、山本繭と、よく似た名前だ。


 繭の店と同じ地区だし、住所も、1-22-9と1-32-9と非常にわかりづらい。


 だが、鈴木は、

「そうでしょうか?

 不審な遺体の側に、不審な荷物。


 やはり、繭さんが怪しいと思いますが」

と主張する。


 まあ、確かに。


 この家の住人が死んでるタイミングで此処に繭の名前が書かれたものがあるから、なにか事件に関係があると疑われても仕方がないといえば、ないのだが。


 そもそも、自分の名前残してく犯人が居るとも思えないんだが、と思うのに、


「繭さんが犯人です」

 鈴木はそう繰り返す。


「なんでですか」

 ふたたび、ほとりはそう問うた。


「女性がらみの怨恨だと思います」

「……なんでですか」


「だって、繭さんの店、いつも女性でいっぱいですからっ。

 僕の彼女も通い詰めてるんですよっ。


 あそこ行くと、癒されるわ~ってっ」


 なるほど。

 女性がらみの怨恨だ……。


 鈴木巡査による、この冤罪が――。


「だから、繭さんが犯人ですっ。

 店はもう閉めてください。


 このままじゃ、僕ら、結婚にたどり着かないじゃないですかっ」


 怨恨だ……。


「でもあの、この人、ゲイですよ」

とほとりが繭を手で示して言うと、鈴木は余計、激昂する。


「でも、女性は何故か、ゲイが好きなんですよっ。

 僕の彼女の部屋もその手の本でいっぱいで、思わず、僕もゲイになろうかと思ったほどですっ」


 いや、それ、本末転倒では、とは思ったが、彼女のことがとても好きなのは、よく伝わった。


「繭、今度なにか協力してあげて」

と言うと、繭は、


「そうだね。

 二人で店に来たらね」

と苦笑いしている。


「ともかく、犯人は繭さんですっ。

 だって、此処に書いてありますからっ」

と鈴木は、箱を指差し、言い出した。


 まるで、幼稚園で、お名前が書いてあるから、このハンカチは繭さんのですね、と先生が言うように。


 ……いや、別に此処に書いてあるからと言って、それは犯人の名前ではない。


 というか、犯人の名前が書いてある現場などないっ、と和亮なら怒り出しそうだな、とほとりは思っていた。


「不自然に繭さん宛ての荷物が転がる室内。

 犯人は繭さんです」


「……冤罪はやだなあ」

と横で、この殺人犯は渋い顔をしている。


 そこで、鈴木は、ふと気づいたように、


「現場に残る名前……


 ダイイングメッセージかもしれませんよね」

と言い出した。


「いやそれ、おもちゃ業者が印刷した送り状ですよね……」


 ああ、早く応援の人来ないかなあ、と思いながら、ほとりは塀の向こうを窺う。


 だが、この田舎でなにが忙しいのか、まだ、応援は到着しない。


「いえ、ですから。

 繭さんに殴られて、最後に必死の思いで、この繭さんの名前のある箱をつかんだんですよ」


 鈴木はそう主張してくる。


 つかんでないじゃないですか……と思っていると、

「ともかく、繭さん、署まで来てください」

と鈴木は言い出した。


 ええーっ、なんでーっ、と繭が声を上げる。


 そこにがっしりした四角い顔のおじさんが現れた。

 警察官の制服を着ている。


 飯田いいださん、とホッとしたように鈴木が彼を見たが、こちらもホッとした。


「はい。

 ごめんなさいよ」

と飯田は、ほとりたちの後ろから縁側に上がると、鈴木に話を聞き、床の上に転がる箱を見て、うんうん、と頷いていた。


 よかった。

 やっと、経験豊富そうなお巡りさんが、と思ったら、

「うむ。

 犯人は、山本繭だな」

と言い出した。


「だからなんでーっ」

と繭が叫ぶ。


「此処に名前が書いてある」

「だからなんでーっ」


「女がらみの怨恨に違いない」


 そこはさすがに、ほとりも、

「なんで……」

と声に出して呟いていた。


「こいつの店は女でいっぱいだっ。

 うちの母親も、嫁も、娘も通い詰めているっ」


 ある意味、これが女がらみの怨恨だっ!


「いやっ、飯田さんのおばあちゃん、環のとこにも、しょっちゅう行ってんじゃんっ」

と飯田とも顔見知りらしい繭がそう叫び出す。


 こら、環を巻き込むな、と思ったが、飯田は、

「環さんのところは、お参りだからいいんだ。

 うちの母親は、いつも寺に行っては、環さんをありがたい、ありがたいと拝んでいる」

と言い出した。


 いや、仏様じゃなくて……?


 それ、ただのイケメン好きのおばあちゃんじゃ……。


 繭の店と環の寺に通い詰めるとは、楽しい老後だな、と思っていると、

「とりあえず、署まで来い、山本繭」

と飯田まで言い出した。


「もう~っ。

 ほとりさんっ、なんとかしてっ」


 僕が自白しちゃったら、どうすんのさっ、と言ってくる。


 いや……どれを?


 っていうか、

「なんで私?」

と腕をつかんで揺さぶる繭を見た。


 助けてー。


 絶対、呼びたくないけど。


 和亮、こいつら、なんとかしてーっ。


 まあ、そう叫んだところで、彼が警視庁の刑事を引き連れて此処まで来ても、なんにも出来ないことはわかっているのだが。




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