ああ、現場に帰りたい
「また、なにしに来たんですか」
パトカーがたくさん止まってるなあ、と思いながら、
いやあ、と和亮は、その男、
「通りかかっただけだよ。
善良な一市民が、なにかなあ、と思って覗いただけじゃないか」
「……一市民なら、捜査の邪魔になるんで、とっとと行っちゃってください」
仁は容赦なくそんな言葉を浴びせかけてくる。
「貴方、もう出世なさって、管理官ですらないんですから」
と付け加えて。
「あー、現場が一番楽しかったなー」
と呟いてみたが、
「じゃあ、キャリア辞めて警察に入り直したからどうですか。
派出所のお巡りさんから出直してください。
じゃ」
とすげなく追い払われそうになる。
なんの同情も得られなかったようだった。
「今はもう、警察に居るんだか、普通の会社に居るんだかもわからないくらい事件から遠いよ。
書類仕事と、派閥争いの日々。
そして、家に帰っても妻も居ない」
ああ、ほとりが俺を呼んでる気がする……と呟きながら、空を見上げると、仁は溜息をつき、言ってきた。
「でも、貴方はそうして高級車に乗って、踏ん反り返ってるのが似合ってますよ。
現場に居られたら、細かいことに気がつきすぎて、鬱陶しくて敵わないです」
人には自分に合った居場所というものがあります、と仁は言う。
仁とは、入庁してすぐ、現場に研修に出たとき一緒だった。
警察庁を選んだのは、単に、若くして権力を握りやすい省庁だったからだ。
研修に出るのもめんどくさいなーと思っていたのだが。
実際、やってみたら、大変だったが、楽しかった。
子どもの頃、テレビの視聴は制限されていたのだが。
ある刑事ドラマにはまって、熱心に見ていた思い出も蘇ってきた。
短い研修期間に、持って生まれた勘の良さを発揮し、手柄も立てたので。
『いや~、もうこのまま現場に居たらいいんじゃないんですか?』
と叩き上げの警察署長におべんちゃらを言われ、調子にも乗ったが、あとは警察庁に帰って、書類づけの日々。
管理官のときだけは、また、ちょっと事件関われて、楽しかったが。
あの頃は、ほとりも、
『なんか楽しそうね』
と笑っていたっけな。
張り込みとかそんなにやる機会もなかったので、ほとりが帰ってこないか、前のマンションの前で、刑事のようにあんぱんと牛乳持って見張ってみたりもした。
あれが最近で、一番楽しかったことのような気がするな、と思っている間に、
「はい、帰った帰った」
と仁に乱暴に現場を追い払われる。
こいつ、俺によく、お偉いさんは帰ってくださいとか言うけど、俺を敬う気はまったくないようだな……と思っていた。
しかし、刑事に憧れはするが、刑事でなくてよかったかな、と思うことはある。
元妻の夫が横領犯とか。
居場所も知っているのに黙っているというのも刑事としては問題だろう。
いや、警察の人間としても、問題だが。
だが、まあ、長谷川環は、田村代議士の裏金を持って逃げただけだからな、と思う。
決して表沙汰になることのない金だから、その犯罪も表沙汰になることはない。
長谷川環のことだから、それを勝手に使ってしまうこともないだろうし。
ちなみに、自分の中では、政治家の裏金作りは犯罪ではない。
それも必要なことだろうと思うからだ。
「ま、暇なときは遊びに来い」
と言って車を出そうとすると、仁は、
「暇なときなんてないですよ。
っていうか、今、ご実家でしょ?
ぜひとも遠慮したいです。
それでは」
と渋い顔をして言ってきた。
ほとりの居ない家には、友人さえも来る気がないとか、と思いながら、なんだかんだで、仲の良い仁に手を振り、その場を後にした。
あの怪しい家はどうなったろうかな、と思いながら。
どうもあの家を見ると、ざわついた。
こういう勘は当たるのだ。
ほとりがざわついたら、霊が居るのだろうが。
自分がざわつくと、そこになにかの犯罪があるから――。
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