いやもう、結構ヤバイ感じだよね~


 繭が動かす古いガラス窓が揺れて、大きな音を立てている。


「大丈夫?

 開けようか?」

と横で見ながら、ほとりは訊いた。


「建て付け悪いねー」

と言いながら、動かしている繭の側に行き、手を貸すのかと思った環は、背伸びをして、中を見たようだった。


「……お前の旦那は何者だ」


 そう言う環に、ほとりは、は? と思う。


 今、この場で旦那が居るのは私だけですが。


 私の夫は貴方ですよ? と思っていた。


 自分も妻の自覚がないが。

 この人も夫の自覚がないようだ、と思いながら、


「和亮のこと?」


 あの人は―― と言いかけ、気づく。


「もしかして、なにかあった?」


「見てみろ」

と環が今居た場所を開けてくれた。


 背伸びして、中を見たとき、いつの間にか側に来ていた神様が先に言う。


「ほう。

 死体だな」


 畳の上。


 大きな座卓の側に男が寝転がっていた。


「……寝てるんじゃないんですかね?」


 神様の言葉に、ほとりは一応、抵抗を試みた。


 だが、いつの間にか、隙間から入り込んだらしいノブナガ様が寝ている男をつついていたが、起きてくる気配はない。


 いやまあ、ノブナガ様、物理的な攻撃はできないからな、と思っていたのだが。


「いて」

と言って、その男は起き上がってきた。


「なんだ。

 生きてるじゃ――」


 ――ないですか、と笑いかけたのだが、男が起きあがっても、まだ畳の上に同じ男が寝ていた。


「死んでいたようだな」

と環が断定する。


「幽体離脱でない限り」

と付け加えて。


 ノブナガ様が、男の死体から、男の魂だけを揺さぶり起こしてしまったようだった。


 ところが、その男は窓から覗いているこちらを見て、ギャーッと叫んで襖の開いたままの廊下の方へと走り去っていってしまう。


「れ、霊に驚かれてしまった……」

とほとりが呟くと、環が横から、


「俺たちを霊だと思ったんじゃないか?」

と言ってくる。


 それは心外な、と思ったあとで、気づく。


「環、あれ」

とほとりはそれを指差した。


 死体の横に転がっている箱。


 うっすら開いている細長いダンボールで、送り状が貼られている。


 宅配の荷物のようだった。


 ようやく窓を開けた繭が外から見たまま呟いている。


「……僕、あの形状、すごく覚えがあるんだけど。

 いや、気のせいだよね」


 はっきりとは見えなくとも、視界に入っていれば、それがどのようなものなのか、なんとなく雰囲気は感じるものだ。


 目が悪くとも、埃まみれの場所はなんとなく、くすんで見えるように。


 此処から見えるはずもない送り状に印刷された文字の感じとか。


 箱に小さく入っているロゴとか。


 遠目では見えなくとも、雰囲気で感じとれるものがとても似ていた。


「ねえ、あの箱――」

と呟き、繭を見たあとで、


「誰か、双眼鏡持ってない?」

と箱の方を見て、ほとりは言った。


「そこで、はいっ、て出してきたら、びっくりすると思わない?」

と繭が言う。


「うーん。

 これ以上入ったら、警察がうるさそうねえ」

と背伸びして、中を覗きながら呟くと、


「いや、既にやばい感じだよ」

と繭は言ってきた。


 確かに。

 此処まで足跡をつけまくって入ってきている。


 朝になったら、すぐに通報しろと言った和亮の言葉をまた思い出し、和亮にバレたら100%叱られそうだな、と思っていると、環がスマホを手に、溜息をついて言ってきた。


「今から、警察にかける」


 こんな後ろ暗い連中、勢ぞろいの状態で電話して大丈夫だろうかと思ったのだが。


 よく考えたら、どれひとつとして、表に出ている事件はなかった。


 だが、

「待って」

とほとりは環を手で制止する。


「その前にあの箱、確認したいんだけど」


「では、私が見てきてやろうか」

と神様が言い出した。


「そういえば、神様なら、足跡残りませんよね」


 そう言っている間に、すうっと中に入り込んだ神様は、ノブナガ様がつついている箱を立ったまま見下ろし、言ってくる。


「宛先は山本繭様になっておる」


「……繭の苗字、山本だったの?」


「今、知ったの?」


 横で繭が苦笑いしていた。


 いやあ、だって、名乗ったことないじゃない、と思いながら、ほとりは、はははは、と笑った。


 そして、戻ってきた神様に、感謝のあまり、

「ありがとうございます。

 初めて神様が役に立った気がしますっ」

と言ってしまい、


「……バチを当ててやろうか。

 どうやって当てたらいいのかわからないが」

と言われてしまった。


「いや、蘭子さんに当ててなかったですか?」

と言いながら、ああ、あれは呪いか、と思っている間に、環が警察に電話していた。


 こうなったからには、早い方がいいからだろう。


 今回は自分たちにとって、やましいことはなにもない。


 ……こともないか、とほとりは、ガラスの向こうの細長い箱を見た。


「繭、太一を呼んであげようか。

 ああ見えて、いい弁護士なのよ」

と肩に手を置く。


「待って。

 なんで、ちょっと僕の荷物があっただけで、犯人扱いっ?」

と繭はわめいていたが。





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