そう言われると意地になるな
なんとなく言っただけだったんだが……と沼田はおのれの顎をごつい手でしごきながら思う。
こいつらの反応が怪しい……。
一体、なにがあるというんだ、あの蔵に。
どう考えても、今回の事件とは関係なさそうだが、誰かがなにかを隠そうとしたら、暴きたくなるのが刑事の常。
なんとしても、蔵は見せてもらう、という気持ちになっていた。
だが、そこで、
「……まあ、いいですよ」
とほとりが言い、繭が、ええっ? という顔をする。
「いいの? 中、あれがあるよ?」
「あれってあれ?」
「違うよ、回ってる奴」
どんな奴だよ。
沼田の頭の中で、コマがくるくる回り、次にバレリーナがくるくる回った。
「大丈夫。
いざとなったら、落としてもらうから。
まだ居るでしょう? ……さん」
ほとりが小声で繭に囁くのが聞こえた。
誰が居るんだ、蔵に、と思いながら、伊佐木を振り向くと、奴は何故か、長谷川環と談笑していた。
人形がどうとか言っている。
「なんだー。
そういう仕掛けなんですかー。
そう思って見ると、可愛いですよねー。
みんな呪いの人形かと思ってますよー」
と笑顔だ。
なんの話だ、と思いながら、
「では、こちらへ」
と言うほとりの後について、蔵へと向かう。
夕暮れにそびえる蔵は小さいながらも威風堂々として見えた。
呪いの蔵か。
まあ、田舎だし、寺だし。
そんな感じにもなるよな。
そう思ったとき、扉を開けようとしたほとりのスマホが唐突に鳴った。
蔵だけを見つめているときは、なんだか昭和の始めのような雰囲気だったのに、その音に一気に現代に引き戻される。
画面をチラと見たほとりは、溜息をつき、それをしまった。
「いいんですか?」
と問うと、いやあ、と困ったようにほとりは言う。
「前の主人からなんです。
いつものように返答に困る内容で――」
どうやら、メールのようだった。
「別れても、交流があるんですか?」
「そんな感じの人なんですよ」
とほとりは言う。
どんな感じの人なんだ……。
「前のご主人はなにをされてる方なんですか?」
やはり、政界の人間か? と思いながら訊くと、
「はあ、警察庁の――」
とほとりは言いかける。
うっかり、といった感じだった。
「警察庁?」
と訊き返すと、あー、という顔をする。
「……警察庁に勤めてるんです」
とまとめるように言って、話を終わらせるほとりの横顔を見ながら、沼田は、
「……上から圧力をかけても引きませんからな」
と言った。
このほとりの夫なら、若くとも、それなりの地位に居るに違いないと思ったのだ。
だが、
「そのような予定はありません」
と投げやりな感じの口調でほとりは言う。
別れたのだから、当たり前だろうが、夫とは関わり合いになりたくないようだった。
「また勝手に鍵開いてる~」
と誰に対してか文句を言いながら、ほとりは重そうな扉を開ける。
手を貸そうかと思ったが、なにかに導かれるように、ふんわりそれは開いた。
ほとりは暗い蔵の中を手で示し、
「どうぞ」
と言う。
その仕草に、美しい容姿も相まって、娘たちと行ったテーマパークで見た、重そうなロングドレス姿のアトラクションスタッフの女性と被ってしまう。
「さあ、楽しい冒険旅行にご出発ください。
いってらっしゃーい」
と言われた気がした。
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