……僕の肩になにか居る



 ……僕の肩になにか居る。


 伊佐木順平いさき じゅんぺいはなにかが乗っている左肩を見ないようにしながら、刑事課のデスクでノートパソコンを打っていた。


 重要参考人の山本繭は、長谷川環が連れて帰ってしまったので、とりあえず、これまでの事件の概要をパソコンでまとめていたのだ。


 提出する書類のたぐいではない。


 自分の頭を整理するためだ。


 以前、娘さんのお古だという不似合いに可愛いペンギンのコーヒーカップを手にした沼田が後ろから、それを眺め、

「学生のノートみたいだな。

 次は蛍光ペンでラインを引くのか」

揶揄やゆしてきたが、学生時代と変わらぬこのやり方が一番、頭が整理できるので、特に変えるつもりはなかった。


 沼田は、指一本でキーボードを叩くような男なので、事件の概要をパソコンで整理するとかしないし。


 メモ帳にもポイントポイントを書きなぐっているだけだ。


 自分などは、手帳にあまり細かいことを書くと、落としたときに怖いと思うのだが、沼田に関しては、その心配もないようだった。


 沼田以外、その字を読むことはできないからだ。


 どんなセキュリティより万全かも、と思いながら、課長と話している沼田を見ていた。


 すると、沼田がこちらを振り向き、手招きしてくる。


 は? と言いながら、立ち上がると、

「伊佐木、行くぞ」

と言ってくる。


「何処にですか?」


「長谷川環の寺にだよ。

 奴らにも話を聞かなきゃならんし。


 山本繭もあそこに居るかもしれん。


 今、署長が、長谷川代議士に電話をしたら、息子は特に事件とは関係ないと思うから、好きにやってくれと言われたそうだ」


 沼田の話を聞きながら、まあ、そう答えた方が賢いよな、と伊佐木も思っていた。


 息子の周辺をウロウロするなとか言うと、なにか事件と関係あるのかと勘ぐられてしまうから。


「そういえば、井上先生からなにか連絡ありました?」


「いや、まだだ」

と沼田は渋い顔で言う。


 この辺りで死体の検案を行っている病院はひとつなのだが。


 そこの井上医師はかなりの老齢だった。


 まあ、その分、経験豊富だとも言えるが、大抵は、ぽっくり亡くなったご老人が異状死ではないことを確認し、死体検案書を書くだけなので、今回は、時間がかっているようだった。


 状況は限りなく怪しいが。


 なにかいろいろめんどくさそうな人たちばかりが絡んでいるので、いっそ、自然死で済ませたい、と思いながら、伊佐木はパソコンを閉め、出かける準備をした。


 肩にノブナガ様を乗せたまま。







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