あーっ!
それからしばらくして、ほとりは、そっと環がご丁寧にもかけていった蔵の鍵を開けた。
叱られた子どもにおむすびを持って行く親ってこんな気持ちかな、と思いながら。
開けた扉から、薄暗い蔵の中に明かりが差し込む。
「……出てきたら?」
と呼びかけると、膝を抱え、しゃがんでいたらしい男がのそりと立ち上がった。
和亮には見えていないこと、わかっているのだろうに、側についていてくれたらしい神様が、
「早く連れてけ」
と言ってくる。
「ありがとうございます。
すみません」
と頭を下げると、神様は、
「いや、まあ、私は見守ることしかできないがな」
と言ってきた。
ああ、なんか神様らしいことを言っているっ、とちょっと感動している、ほとりの横で、和亮が、
「また誰と話してんだ、お前はっ。
不気味な奴だなっ」
と叫び出す。
いや、待て。
誰のために頭下げてると思ってるんだ。
閉めるぞ、とほとりは元夫を睨んだ。
ついでに今まで黙っていたことを口にする。
「そう。
私は、いろんなものが見えるから。
新婚旅行のとき、女の人が憑いてきてたのも見えてたわ。
現地の霊ではなかったようだから。
生き霊かしらね」
当時、生き霊がよく見える美里さんと知り合いだったら、確認してもらえたのに、と思う。
和亮は珍しく、反論せずに沈黙していた。
思い当たる節があるのだろう。
まあ、中身はあれだが、このルックスだしな。
元友人だから、昔は派手に遊んでいたのも知っている。
それにしても、その生き霊もこんな男になんの未練があったのか知らないが……と思っていると、和亮はいきなり、人の好意を無にする行動に出た。
いきなり、ほとりの手をつかみ、
「いつまで、こんなところに居るんだ。
帰るぞっ」
と連れて帰ろうとする。
「いやいや、待ってっ。
私たち、離婚したわよねっ?」
とほとりは踏ん張る。
「俺は承知してないぞ。
俺になんの落ち度があったと言うんだっ。
真面目に働き、妻に尽くし、浮気もしない。
落ち度ばかりなのはお前の方だろうっ」
「落ち度ばかりの妻だと思ってるのなら、別れたままでいいじゃない~っ」
「お前のような、ロクに家事もできない、見てくればかりの妻なんぞ、長谷川環も本当は送り返したいところだろうよっ」
痛いところを突いてくるな~。
「さあ、帰るぞ、ほとり。
離婚して、100日経ったから、再婚出来る。
いや、お前は妊娠してないから、いつでも再婚出来たな。
どうせ、長谷川環とはまだ、式もしてないし、籍も入れてないんだろ。
まあ、お前のような使えない女とは、誰も結婚したくないさ」
さあ、帰ろう、と和亮に引っ張られながらも、ほとりは踏ん張る。
横に立つ神様は、そんなほとりたちを腕組みして見下ろしているだけだ。
「神様っ。
助けてくださいよっ」
と叫んでみたが、
「いや……無理であろう」
と諦め気味に言ってくる。
……この人、ほんっとうに、見守ってるだけなんだな、と恨みがましく見ていると、和亮が言ってきた。
「いきなり、神に祈るなっ。
第一、神様なんて、居るわけないだろうっ」
いや、あんた、朝晩、神棚に、いろいろ祈ってたじゃんっ。
っていうか、そこに居ますけどっ、と踏ん張りながらほとりが思っていると、
「
と
桧室さんっ。
ついに、冷蔵庫の裏から出てきたんですねっ、とちょっと感激したのだが。
その桧室も神様の横に立ち、
「姐さんっ、頑張ってくださいっ」
と応援してくれるだけだ。
いつの間にか現れたノブナガ様に至っては、何故か、ほとりの踏ん張っている足をつついてくる。
どいつもこいつも役立たないーっ、と絶叫しながら、ほとりはそれ以上、引きずられないよう側にあった黒いつづらをつかむ。
だが、それがなにかの支えになるわけもなく、重ねてあったつづらは、引っ張られたせいで、崩れ落ちて蓋が開き、辺り一面に、裸のミワちゃんが、ぶちまけられた。
あーっ! と和亮と二人で叫ぶ。
和亮は驚いて。
ほとりは、繭と環に怒られると思ってだ。
このミワちゃんが、一斉に、
コンニチハ、コンニチハ……
とか、しゃべりだしたら、怖いっ、と思いながら、ほとりは、
「早く片付けてっ」
とひんやりしたミワちゃんを一山いくらの勢いで
和亮も恐怖のあまりか、一心不乱に片付け始めた。
「……なにをしてるんだ、この莫迦どもは」
いつの間にか、扉が大きく開き、環が外に立っていた。
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