違いますよ、姐さん



 ……なんだかわからないが、助かった、と、ほとりは、ほっとしかけたが、ゆっくりはしていられない。


 急いで、沼田が、今、少し開けてくれた引き出しを引っ張り開ける。


 なにが入っているのか、わかっていたのに、ぎゃーっ、と叫び出しそうになった。


 案の定、引き出しには、大量の肌色の人形が詰め込まれている。


 中から突き出す幾つもの手や脚に、


 おのれ、ミワ、繭ーっ、と心の中で絶叫しながら、ほとりは近くにあった古い茶箱を開ける。


 まさか、この中にもっ? と警戒しながら開けてみたのだが、茶箱に詰まっていたのは、着物だった。


 これもなにかの呪いの品かもな~。


 それを言うなら、さっきのくわも人を撲殺したくなる鍬かもしれん、と疑いながらも、その着物を引っ張り出した。


 次に、引き出しの中のミワたちを現金つかみ取りのように、鷲づかみにしては、茶箱に放り投げる。


 それが終わると、急いで引き出しに着物を詰めた。


 よし、間に合ったっ、と引き出しを閉めかけ、はた、と気づく。


 危ない、危ない。


 一度閉めたら、自分の力ではもう開かないかもしれないからな、と思いながら、ほとりは、わずかに開いた引き出しの隙間に、茶箱の中から拾った全裸のミワを一体差し込んだ。


 脚が見えるように入れたあと、慌てて、自分も外に出ようとしたら、沼田が戻ってきた。


「あ、沼田さん、なんでした?」

と息を切らしていることを悟られないよう抑えた口調で訊くと、


「いやあ、伊佐木の奴がちょっと驚いて、悲鳴を上げただけでした」

と言ったあとで、沼田はやはり、箪笥の前へと戻ってきた。


 今度こそ、引き出しを開けた沼田は、着物の上に脚を差し上げ乗っていたミワを見つけ、うわっ、と小さく声を上げる。


 だが、中に着物しかないのを確認すると、

「どうして、此処に人形が入ってたんでしょうかな?」

とほとりを振り返り、訊いてきた。


「さあ? この蔵、よく開いているので。

 犬でもくわえてきて、入れたのかもしれませんね」


 そんな適当なほとりの作り話に、ああ、と頷いた沼田は、

「うちの犬もよく靴を小屋に隠したりするんですよ」

と言ってくる。


 だが、そこで、少し考え、

「この家、犬が居るんですかな?」

と訊いてきた。


「はあ、うちが飼ってるわけじゃないんですけど、たまに」


 生きてないのが―― と心の中で付け加えながら、ほとりは言った。


 たいしたものがなかったことに、沼田はホッとしたらしく、急に饒舌じょうぜつになる。


 外に出ながら、

「蔵はやはり、虫干しのために開けてるんですか?」

と訊いてきた。


「そういえば、昔、妻と母について芝居を見に行きましたら。

 舞台いっぱいに、はためく着物の虫干しのシーンが素晴らしくて……」

と語る沼田を見ながら、ほとりは、


 沼田さん、その黒いつづらにぶつかって、落とさないでくださいね、と思っていた。


 今、沼田の横に積み重ねてあるつづらを倒すと、引き出し以上の惨劇が起きてしまうからだ。


 内心、ハラハラしながらも、沼田の話に相槌を打つほとりの後ろで、桧室が、

「姐さん、鍬はヤバいですぜ、鍬は」

と言っていた。


 えーい、この役立たずのヤクザものめっ、と思いながら、外に出ると、繭が少し心配そうにこちらを見ていた。


「もうっ、あんたのせいで、公務執行妨害で逮捕されるところだったわっ」

と小声で言ったほとりの後ろで、桧室が、


「いや、姐さん。

 殺人でですよ?」

と余計な訂正を入れてきた。


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