僕は動画配信サービスで見ました
「すみません。
ついて来ていただいて」
はっ、長谷川環にトイレについてきてもらうとかっ、と思いながら、伊佐木はこたつのある部屋を出て、ひんやりとした和室を環について歩いていた。
なんでだろうな。
自分が刑事のはずなのに、何故か看守に連れて行かれる囚人のように感じてしまう。
堂々とした広い環の背中を見ながら、そんなことを考えていた伊佐木だったが、ふと、視界にそれが入った。
「あ、あの人形じゃないですか」
山本繭が客のために何体も取り寄せていたという人形が、和室のど真ん中にある大きな座卓の下に転がっていた。
……全裸で。
「此処、小さな娘さんとか居ませんよね?」
思わず、そう訊いてしまう。
なんで全裸で女の子の人形が?
まさか、長谷川環にはそういう趣味があるとか?
とチラと横目に見ながら窺う。
でも、あんな綺麗な奥さんが居るしな、と思ったあとで、
いやいや、偽装結婚かもしれないぞ、と思った。
そして、
……待てよ。
偽装結婚なら、ほとりさん、フリーってことだよな、と脱線しそうになる。
しかし、これが長谷川環の趣味なら、政治家としては、結構なスキャンダルなのでは、と思いながら、つい、人形を手に取ろうと屈んでいた。
だが、その手が人形に触れかけたとき、誰かが、ポン、と肩を叩いてきた。
この古い屋敷のせいか。
子どもも居ないのに転がっている全裸の人形のせいか。
頭の中では、昨日、動画配信サービスで見た、古いミステリー映画が再生されていた。
殺されるっ、と思った伊佐木は、絹を裂くような悲鳴を上げていた。
「伊佐木っ」
と沼田が叫んで、縁側から飛び込んできた。
「大丈夫かっ」
……大丈夫かってなんなんだろうな。
伊佐木の肩を叩いた瞬間に、すごい悲鳴を上げられた環は、ぼんやり二人の刑事を見ていた。
「ぬ、沼田さんっ。
ありがとうございますっ。
恐ろしかったですっ」
と叫んで沼田の手を握る伊佐木に、環は、
……なにが恐ろしかったんだ。
俺はお前の悲鳴が恐ろしかったが……、と思っていた。
「外にトイレに行け、外のトイレに」
と沼田に言われた伊佐木は、はい、と言い、沼田に連れられ、母屋から出て行った。
なんだったんだ? と思いながら、振り返ると、外にほとりと繭も立っていて、寄り添い合うように歩いてトイレに行く伊佐木たちを見送っていた。
「どうしたのかしらね?」
「さあ」
「ところで、繭、いきなり叫んで、どうしたのよ」
とほとりが繭に訊いている。
「いや、あの刑事さん、樽の方に行こうとしたから」
と納屋の方を見ながら、繭が言う。
「実は、奥の方の樽に置き場のなくなったミワちゃん、いっぱい詰め込んでたんだよねー」
何処しまってんのよ、とほとりが言っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます