意外と高値かもしれませんよ



 しばらくしてやってきた坂本は、

「いやあ、本当にすみませんでした。

 厄介なことに巻き込んじゃって」


 これ、お詫びに、と玄関先で、みかんを一箱くれた。


「いえ、お気遣いなく」

と迎えに出たほとりは言ったのだが、


「いえいえ。

 どうせ、それ、ノルマがあるんで、買わないといけないから」

と坂本は言う。


 運送会社で取り扱っている、みかんらしかった。


 そうですか、ありがとうございます、となんとなく土下座のように頭を下げると、いえいえ、こちらこそ、ありがとうございます、と下げ返された。


 そのあと、一緒にこたつに入り、前からある方のみかんをみんなで食べた。


 ミワは坂本の目につかないよう、身体を脱ぎ捨て、ほとりの横に入っていた。


 坂本にはミワは見えていないので。


 ほとりがこたつの、やけに隅の方の変な位置に座っているように見えていることだろう。


「いやー、僕が配達ミスしちゃったみたいなんですよねー」

と坂本は苦笑いして言ってきた。


「というか、僕の前に違う人が行ったんですよ、山本さんち」


 あ、山本ちかしさんちの方ね、と繭を見て言う。


「で、前からの受け取ってもらえなかった荷物と、あの箱が一緒にされてて。

 つい、全部一緒に渡しちゃったんですよ」


「ああ、誰かが受け取ってくれたって言ってましたよね」


「そうなんです。

 山本さんちの誰なんだかよくわかないんですけど。


 僕、あっちの地区は最近担当になったんで、家族構成とか知らないんですよね」


「どんな人でした?」


「男の人でしたねー。

 かなり日が落ちてて、灯りもついてなかったから、ちょっとよくわからなかったですけど」

と坂本は曖昧なことを言ってくる。


 その口調に、

「だいたいの年齢とか、特徴とか、わからないですか?」

と訊くと、


「そう年でもなく、若くもなくって感じだったような」


 小首をかしげたあとで、

「そういえば、ハンチング帽を被って、コートの襟を立ててましたよ」

と坂本は言った。


 そうではないかと思っていた。

 どうも記憶が不確かだからだ。


 たくさん配達するから、そもそも、いちいち配達した相手のことを覚えてはいないのだろうが。


 それにしても、記憶がぼんやりしているようなので、相手が顔を隠すかどうかしていたのではないかと思ったのだ。


 そのとき、あれっ? と坂本は声を上げた。


「お宅、お子さん居ましたっけ?」

 そう言いながら、坂本は後ろに転がっていたミワちゃんを拾う。


 全裸の自分をつかまれたミワが横で、あああーっと声を上げていた。


 いや、そんなところに脱ぎ捨ててるからだって。

 こいつ、絶対、家帰ったら、服や物を放り投げるタイプだったな、と思う。


 まあ、自分も人のことは言えないが、とほとりが思っていると、坂本はミワをみんなに見せて、

「こういうのって、意外と高値がついたりするんですよね?

 昔のだと」

と言って笑った。


 繭が、

「いや……それ、たくさんあるからどうだろね」

とよそを見ながら、呟いていたが。





 和亮が職場の廊下の隅でスマホをいじっていると、

「あ、かずさん」

とファイルをたくさん手にした後輩の穂村ほむらが現れた。


「なに隠れて、メールしてるんですか?」

と笑顔で、デカイ声で言ってくる。


 ……今のお前の一言により、まったく隠れていないことになってしまったが、と思いながら、

「ほとりにだよ」

と言うと、


「ああ、噂の前の奥さん」

というタブーな感じの言葉を穂村は、やはり大きな声で言ってきた。


 この男の深く考えない発言は時折困るが。

 なにも裏がない感じがするので、嫌いではない。


『あれからどうなった?』

とほとりにメールを送ってみる。


 なにも言ってこないからだ。


 すると、メールを送信するのを見ていた穂村が、

「本当に居たんですねえ。

 和さんの奥さん」

と言ってくる。


「……本当に居たんですねってなんだ」

と言うと、


「いやー、みんな幻の奥さんって言ってましたよ。

 誰も見たことないし」

と言う。


 誰もってことはない、と和亮は思っていた。


 だが、結婚したのは警察庁に戻る前だったし。

 式に呼んだのは、同期と上役くらいか。


 人に見せなかったのは、なんだかもったいなかったからだ。

 ほとりがいいとか言い出すマヌケが居ても困るしな。


 太一のように、と思いながら、

「俺の暮らしに妻の気配を感じないから、居ないと思ってたのか」

とすぐには鳴らないだろうスマホをしまいながら、和亮が言うと、


「いえ、あまりに理想的なんで」

と穂村は笑う。


「だって、いつまでも可愛いとか。

 ありえないですよー。


 うち、まだ結婚前の彼女でも、もう大概な感じになってますよ」


 そんなこと言ったかな。

 ……酔った弾みにでも言っただろうか。


 っていうか、いつまでも可愛いとか言っといて、離婚されるとかマヌケなことこの上ないんだが……と自分で思う。


「いいから、早く行け」


と歩き出しながら、膝の裏を足で突いてやると、うひゃっと叫んで穂村は転げかけていた。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る