そもそも、何故、山本爾さんは殺されたのか


「そもそも、何故、山本爾さんは殺されたのか、ですよ。


 彼はこう言っていました。


 『人形のせいで、殺された……』と」

とほとりが言うと、ミワが、


「あっ、また私のせいにしようとしてるっ」

と言い出した。


「いやいや、あんたが殺したとか言うんじゃなくてさ」


 っていうか、沼田さんには、あんたが見えてないから、私がひとりごとを言う変な人になってしまうんで、今、わめかないで欲しいんだが、とほとりは思っていた。


 チラと窺うと、案の定、沼田は、また、なにやってんだ、という顔をしている。


 人に不審げな目で見られながら語るのは気持ちのいいものではないので、ほとりは、さりげなく沼田からは視線を外しながら言った。


「山本さんは、今は温厚なご老人のようでしたが。


 過去はそうではなかったのではないですかね?


 さっき、ちょっと接触した若い頃の山本さんは、ちょっと気が荒そうでした。


 もしかして、よくないことに手を染めていたのかもしれませんね。


 山本さんを殺した人、山本さんの息子さんを殴った人。


 同一人物か別人かは知りませんが。


 例えば、彼らは、その頃の山本さんの仲間か。


 その手下かなにかで、当時、山本さんが手に入れていた、なにかの怪しい品を探していたとか?」


 そこで、沼田が、

「なにかって、なんだ?」

と訊いてきた。


「なにかはわかりません。

 でも、それは人形が入っていた箱に収まるようなものだったのでは。


 その男たちは、もう悪事から足を洗っていた山本さんに接触し、『それ』を入手しようとしていた。


 でも、山本さんはそれを家には保管してはいなかったんです。


 留守の間に、家探やさがししても、山本さん本人を問い詰めても、見つからなかったのではないですかね?


 しかし、そこに宅配便が届いた。


 山本さんは、奴らの訪れを恐れて、あまり外に出ないようにしていた。


 宅配便などが来ても出なかったかもしれませんね。


 あの家のインターフォン、カメラついてませんでしたし。


 チャイムを鳴らしているのが、本当に宅配業者か確認することもできない。


 そこで、山本さんは居留守を使っていた。


 だが、そこに、奴らの一味が現れたんです。


 そして、勝手に宅配便を受け取った」


 えっ? と伊佐木が声を上げる。


「じゃあ、ハンチング帽を被って、コートの襟を立ててた男は、息子さんじゃなかったってことですか?」


「もちろん、宅配便をたまたま来た息子さんが受け取ることもあったんでしょう。


 それで、息子さんが、自分だったかもと証言したのか。


 そいつらだとわかっていて、黙っていたのかはわからないですけどね」


「どうしてですか?

 そいつらに親を殺されたかもしれないんですよ」


「だからですよ。

 もしかしたら、山本さんは殺される前に、自分の過去を息子に告白し。


 もし、自分になにかあっても、過去の悪事やつきまとう連中のことは知らなかったフリをしろと言われていたのかもしれません。


 息子さんにまで、害が及ばないように」


「それで、僕らが訊いても、曖昧に濁したり、早く事件を終わらせたがってたんですか」


「男は、宅配で届いた幾つかの箱を手に、山本家に押し入った。


 じいさん、宅配便だぞ、とか言って。


 そこで、ひともめして、男は一度帰ったのかもしれません。


 現場に他の箱はなかったようですから。


 山本さんは、誤配達だった人形以外の箱と中身を片付けた。


 だが、帰りかけた男は、ふと、思ったわけですよ。


 家探ししてもなにもなかった。


 もしかして、今の宅配便の中になにかあったのかもしれないと。


 たまにありますよね?


 まずい荷物をとりあえず、郵送で送り出して、日付指定とかして、すぐには戻らないようにしたりとか」


「そんなことは普通の人はしないぞ、政治家の娘。

 お前んちは、なんのまずいものを郵便局や宅配業者に保管させてるんだ」

と沼田が突っ込んで訊いてくる。


 いやいや、我が家のことではないですってば、と苦笑いしながらも、ほとりは続ける。


「自分たちが出入りしている間はできるだけ家におくまいと、山本さんがそういう風にしたのかもしれないと、その男が思ったという話です。


 戻ってみると、他の荷物は片付けられていたのに、細長いひとつの箱だけ、蓋を開けたまま座卓のある部屋に置かれていた。


 やはり、これは怪しい、と男は思ったんです。


 そっと箱の中を開けてみると、中には、孫も居ない山本家には不似合いな女の子の人形が。


 さては、この人形にっ、と男は人形の首を外してみた」


 だから、やめてーっ、とミワがそこでまた騒いでいたが、とりあえず、無視して続ける。


「でも、なにもなかったので、当てが外れた男は、山本さんを問い詰めた。

 

 そしたら、山本さんがよろけて転倒し、座卓で後頭部を打ってしまったんです。


 まずい、と男は思いました。


 おいっ、じいさんっ、とゆさぶる男。


 山本さんは、自分の過去の罪を暴かれたら、息子たちに迷惑がかかるからと、なにがあっても、警察には言わないで来たのかもしれませんね。


 でも、殺されてはかなわないと、意識を取り戻した山本さんは、警察に通報しようとしたのかもしれません。


 這って電話のあるところまで行こうとする山本さん。


 追いすがる男。


 男は山本さんを引き戻し、今度は強く座卓に山本さんの頭を打ち付けて殺したんですっ。


 だが、一瞬、あとに男は、まずい、と思いました。


 なにも手に入れないまま、山本さんを殺してしまった。


 もし、なにかの大きな組織の下っ端だったら、自分も殺されるかもしれないくらいの失態です。


 男は、座卓を拭いて、自分がそこに山本さんの頭を打ち付けて殺そうとした証拠を隠滅しようとしました。


 二度も打ち付けているのでは、殺人の可能性が高くなると思ったからでしょうか。


 どのみち、余計な行為だったと思いますが、こういうときは気が動転するものですからね」

と言うと、


 いや、こういうときは動転するものって、お前は誰か殺したことでもあるのか、という顔で環が見ていたが、とりあえず、これもスルーした。


「じゃあ、人形に殺されたっていうのは?」

と伊佐木に訊かれたほとりは、


「ああ、それはたぶん。


 人形を見つけたとき、犯人の男は、この中だな、しめしめ、と思ったんですよ。


 ところが、なかったので、より激昂し、山本さんを殺すに至ったのでは。


『入ってねえじゃねえかっ、この人形の中にもよっ。

 じゃあ、なんなんだよ、この気色の悪い人形はっ』

とか言って」


「……動いてない場合、別に気色の悪い人形じゃないと思うが」

と環は訂正していたが、伊佐木は手を叩き、


「すごいですっ。

 ほとりさんっ。


 まるで、その殺人犯の霊が乗り移ったかのようですっ」

と今の迫真の演技と推理を褒めてくれる。


 いや……その殺人犯の人はたぶん、まだ生きてますけどね、と思いながらも、ほとりは言った。


「ともかく、人形に目的のものが入ってなかったことで、カッとなった犯人に殺された山本さんは、『人形に殺された』と騒いだわけですよ」





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