ほんとうに落ち着かない家ですよ


  ワタシ ミワチャンヨ

  ワタシ ミワチャン……



 そんな声を聞きながら、目を覚ます、いつも通りの朝。


 他の霊は少し遠慮してくれているようだが、こいつは容赦ないな、と思いながら、ほとりは枕許を通って行ったミワちゃんを振り返る。


 だが、いつも通りの朝で、いつも通りの朝じゃない。


 ほとりは目を開けた瞬間には、もう、自分の寝顔を見ていたらしい環の顔を見た。


 ……なんだ。

 そういうやさしげな顔も出来るのではないですか、と思いながら、今、真正面からその顔を見るのは、少々恥ずかしく、目まで布団を被った。


「お前の旦那が来て、ひとつだけいいことあったな」


 そう環が呟くのが聞こえてくる。


 和亮に張り合って、いきなりこういう行動に出たのか?


 まあ、その嫉妬心が今は嬉しくもあるが、と思うほとりに環は言ってきた。


「……なんだかお前には手を出せなかったんだ。


 羽衣見つけたら、天女って帰ってくだろ。


 四億見つけたら、こいつ、帰るのかなとか、いろいろ考えて」


 鼻先まで、布団を引き下げ、環を見る。


 いや、天女とか、照れるんですが、と思っていると、察したように、環は、いつものぶっきらぼうな口調で、

「物の例えだ」

と言ってくる。


 やっぱり、相変わらずだな、と思うが、そこで甘い言葉を吐いてこない環が好きだな、とも思っていた。


 和亮のようにペラペラ立て板に水で言われても、信用できないからだ。


 他の女にも言ってるんじゃないかと思って――。


「田村先生が春までには返せっておっしゃってたみたいじゃない。


 春までにお返ししたら、おとがめはなしってことかしら?」

と言うと、それはないだろう、と環は眉をひそめる。


「単に、春までに返したら、桧室さんみたいな人たちが押し寄せてきたりはしないぞってことだろ?」


 ああ、とほとりは苦笑いし、


「じゃあ、春までには、なんとかして、引き上げないとね」

と言った。


 そうだな。

 早く引き上げてやらないと、溜め池の底の死体も――。


 本人は見つかりたくないと遺書には書いてはいたようだが。


 人を殺してしまったことで、苦しんでいるのなら、自分が殺した桧室と話してみるのもいいと思うのだが。


 未だ沈んだ男の霊は出てきてはいないから。


「環……」

と目を閉じ、ほとりは、その胸に顔を寄せた。


「警察に捕まったりしないでね。一応、夫婦なんだから」

と言うと、


「一応、夫婦じゃなくて、もうちゃんと夫婦だろ」

と言ってくる環を見上げ、少し笑う。


「貴方、意外と普通の男の人ね」


 知らなかったのか――

と言って環は口づけてきた。


 だが、すぐに庭先をおばあちゃんたちが話しながら通っていく声が聞こえ、二人は慌てて離れる。


 障子が閉まっているのはわかっているのだが、なんとなく。


 さすがの環も振り返り、

「落ち着かない家だな、此処は」

と呟いていた。


 いや……、私は、ミワちゃんが歩いてった時点で、既にそう思ってましたけどね、と思いながら、ほとりは側に置いていたパジャマに手を伸ばした。





 和亮、警察に通報しろとか言ってたな、と思いながら、朝の仕事を一通り済ませたほとりが、庭の木々や花に水をやっていると、


「ねえねえ」

と耳許で声がした。


「前の旦那、すごいイケメンじゃん。

 なにが気に入らなかったのー?」


 いつの間にか、横に短いスカートを穿いた制服姿の女子高生が立っていた。


 色白で小さな顔。


 可愛らしいが目許があの人形よりかなりきつい。


 腰まであるような手入れの行き届いた茶髪のロングヘアを眺めながら、縄じゃなくて、この髪で首、絞められそうだな、と思いながら、ほとりは言う。


「……ミワちゃん。

 いきなり、そっちの姿にならないでよ」


 だが、ミワはこちらの話など聞いておらず、ひとりが勝手に、和亮を見た感想を述べている。


「いやあ、私なら別れないわー。

 環も男前かもしんないけど。


 気の利いた言葉のひとつも言えないし。


 前の旦那の方が口も上手いし、色気もあるじゃん。


 水もしたたるいい男って、ああいうのを言うのよねー」


 じょぼじょぼ同じ場所に水をやりながら、ほとりは、

「……ミワちゃん」

と低い声で呼びかける。


「そんな見る目がないままだと、生まれ変わってもまた、悪い男に引っかかるわよ」


 愛する環をけなされ、思わず、そう言ったが、ミワは、


 いや、あんたの前の旦那でしょ。

 あんたも引っかかったんじゃん、という顔で見てくる。


 そして、

「なに言ってんのよ。

 繭は私が引っかけたのよ」

と言い返してきた。


 いや、そうかもしれないが。

 結局、ミワちゃん、その騙したはずの繭に殺されてるし。


 このすさんだ雰囲気からして、周りにロクな男が居なかった感じなのだが……。


「それに私、生まれ変わる予定ないしー」

と言うミワのセリフに被せるように、繭の声がした。


「なにそれ、僕の話してんのー?」


 ミワの方の声は、繭には聞こえてはいないので、タイミング的に、そんな感じになってしまうのだ。


 繭は、納屋と蔵の向こう。

 裏山の細い獣道から出てきたようだ。


 また、裏の爺さんに届け物に行ったのか。


 あの爺さん、そんなにたくさん骨董品買って、どうすんだろな? といぶかしく思っていると、また、繭とミワが同時にしゃべっていた。


「まだ居るの? ミワ。

 もう成仏したら? って言ってやってよー」


「私は生まれ変わらないからねっ、繭っ。

 一生つきまとってやる~っ」


 やれやれ、と思ったとき、繭が、

「そういえば、例の宅配便屋さんの依頼、どうなった?」

と訊いてきた。





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