そろそろ覚悟を決めたらどうだ?



 和亮が帰ったら、もう一度、行ってみようと思ったのにな。


 あのまま付いて帰ってきちゃったな……。


 ほとりは、こたつのところから、二人並んで料理をしている環と和亮を眺めていた。


「上手いじゃないか、料理」

と和亮が環に言っている。


「ほとりがなにもできないからな」

と言う環に、わかるわかる、と和亮が芋をむきながら頷いている。


 なんなんですか、貴方達……、と思いながら、ほとりは、膝の上に居るノブナガ様と一緒に二人を見ていた。


 だいたい、和亮はそんなに料理してくれていなかったはずだが、と思っていると、和亮が環に、


「なんだ、お前。


 ほとりに料理してやってるのか。

 俺はほとんどしなかったぞ。


 してやると、調子に乗ってやらなくなるからな」

と言い出した。


「あのー、全然やらなかったわけじゃ」


 手抜きなだけだったんだけど、と反論にもなっていないことを反論しようとしたが、和亮は更に暴露し始める。


「こいつ、今は、お茶煎れてんのか?

 お茶煎れるのがめんどくさいからって、そのまま呑めるビールをお茶代わりにしようとしたことがあったんだが」


「環……。

 冷ややかに見ないでよ……。


 どっちの味方なのよ」

と恨みがましく言うと、


「お前以外かな」

と環が言い、和亮は笑っていた。






 結局、三人でご飯を食べ、すっかり山本の家に戻る気を失った頃、和亮が言ってきた。


「ほとり、帰るから、タクシーを呼べ」


「送っていこう」

と立ち上がりながら、環が和亮に言う。


 だが、立ち上がった和亮は、冷ややかにこちらを見下ろし、

「……帰りにあの家に寄る気だろう。

 余計なことはせず、明日、警察を呼べ」

と言ってくる。


「俺はそういう勘はいいんだ」


 そう言って、送ると言う環を断り、自分でタクシーを呼んでいた。


 スマホ通じるんだな、と呟きながら。


 ちょうど近くの家に来ていたらしいタクシーがそのままこちらに回ってくれた。


 酔っ払いの爺さんを送ったばかりだから、酒臭いですよ~と笑う運転手に、結構だ、と言いながら、和亮はタクシーに乗り込む。


 こちらを振り返り、

「お前ら犯罪者なんだから、あんまり警察と関わらなきゃならないようなことに首突っ込むなよ」

と言ったあとで、最後に、こちらを見て言った。


「ほとり、なにかあったら、俺を呼べ」


 じゃあな、と言って、和亮は帰っていってしまった。


 山の向こうに消えて行くタクシーの灯りを見ながら、環が言ってくる。


「意外にもいい旦那じゃないか」


 いや……いい旦那だったら、どうだと言うんですか、と思っていると、

「ところで、お前の旦那、何者だ?」

と訊いてきた。


 なにか感じるところがあったらしい。


「まあ……なんて言うんでしょう。

 公務員とか……そんな感じかなー? みたいな」


 そんな曖昧なことを言い、ほとりは中へと入っていった。





 あー、外、冷えたなーと思いながら、沸かしておいた、というか、環が沸かしておいてくれた風呂にほとりは入っていた。


 いや、考えてみれば、なにも出来ないよなー、私って、と今でもたまに乗るべき板をひっくり返して大騒ぎしてしまう五右衛門風呂に浸かりながら、ほとりは思う。


 街なら気にならなかったことが、此処では気になる。


 もっと、真面目に家のこととかしながら、暮らしてみようか。


 よく雑誌とかに、日々、丁寧に暮らしていくと、心が洗われるとか書いてあるもんな。


 でもまあ、無理すると、すぐに息切れするか、とほとりらしく、すぐ諦めかけたとき、

「ほとり」

と木の戸の向こうから環の声がした。


 ちょっと用事があるから、先入れと言われたのだが、やっぱり、寒いから、もう入りたいのかな? と思い、


「私、もう出ようか?」

と言うと、


「いや、そのまま入ってろ。

 俺も入る」

と環が言ってきた。


 いやいやいや。

 なにをおっしゃってるんですか、貴方はっ、とあたふたし始めるほとりに、それまで、ゆっくり入れるように気を使ってか、彫像のように動かず、黙っていた石川五右衛門が笑って言ってきた。


「夫婦なんでしょ。

 いいじゃない」


「いやっ、なに言ってんですかっ。


 五右衛門さん、目隠しっ。

 目隠しっ、何処かにないですかっ?」


 それか、バスタオルッ、とせめて自分の身体を被おうと叫んだが、

「往生際悪いねえ」

と石川五右衛門は笑ったままだ。


 なにも助けてくれる気はなさそうだ。


 いや、あったとしても、なにも出来るわけもないのだが。


「ほとり、入るぞ」

と言う環に、


「駄目ですっ」

とほとりは側にあった木桶をつかんだ。


「なんでだ。

 俺たちは夫婦だろう。


 あいつとは風呂に入れても、俺とは入れないのか」


「今、和亮とは入ってないじゃないですかっ」


 そう叫んでみたが、環はかまわず、入ってきた。


 端の棚の上に服を置くようになっているので、環はまだ服を脱いではいなかった。


 ほとりは五右衛門風呂に肩まで沈んで、端に寄る。


 なにも見えないようにだ。


「家事もしない、なにもしない、タダ飯食らいなうえに、触らせもしないとか、どうなんだ」

と環は五右衛門風呂の釜が埋められているタイル貼りの縁に手をかけ、ほとりを見下ろしながら、言ってくる。


「な、なにもしないってことはないと思うけど……」

と風呂に潜ったまま、口までは出して、ほとりはそう言い返してみた。


 だが、

「夫婦なのに、なにがいけない?」


 そう真剣に問われ、ほとりは言葉に詰まる。


 口を開きかけて、横を見た。


 石川五右衛門が聞き耳を立てているからだ。


 ほとりが見ている気配に気づいたのか、こちらに背を向けている五右衛門は、

「いやいや、こっちは気にしないで」

と言いながら、両耳を塞いで見せる。


 ほとりは環を振り返り、言った。


「だって、そんなことしちゃったたら、このまま流されていきそうだから」


「流されちゃいけないのか」


「和亮のとき、押し切られて結婚して後悔したから。

 ……結局、みんなに迷惑をかけてしまった気がする。


 和亮にも――」


 ほとりは、環を見上げ、そう言った。


「今回は、ちゃんと好きだと思ってから、結婚したいの」


 いや、もうしているようなものだが、実質的な意味で。


「わかった」


 わかってくれたのか、とホッとしたが、環はそのまま、話しているうちに、少し身体を水面から持ち上げていたほとりの細い肩をつかみ、口づけてきた。


 そのまま、服が濡れるのも構わず、抱き寄せる。


「お前にあいつより俺の方が好きだと思ってもらえるよう、努力する」


 そう言いながら、もう一度、口づけてきた。


 今度は、さっきよりも遥かに長く。


 いやいや……だから、そういう努力じゃなくってですね。


 っていうか、そもそも、私は、和亮には未練はないんですけど、と思いはしたが。


 環の目には、和亮が予想していたより、いい夫に見えたようなので、それでこだわっているのかもしれないと思った。


 そんなことを思っている横で、石川五右衛門が、

「大丈夫ですよ。

 なにも見てないし、聞いてないですよ」

と笑いを含んだ声で言ってくる。


 いや、今、このタイミングで言ってくるということは、見えてるし、聞いてるんじゃ、とは思ったが――。


 そこからは、もう、五右衛門の方は見なかった。




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