俺はなんにも面白くない


 面白くないんだが……と思いながら、環は揉めているほとりと和亮を見ていた。


 ノブナガ様を肩にのせたまま、偉そうな口をきく和亮は滑稽だが。


 想像に反して、このほとりの前の夫は、ちょっと憎めない感じの男だった。


 ……そうだ。


 ノブナガ様にちょっと似てるな、と思う。


 偉そうなんだが、間が抜けているというか。


 ノブナガ様も、和亮にシンパシーを感じてか、ちょこんと肩に乗ったままだ。


 和亮とほとりは、もともと友人だったと聞いている。


 強引に言い寄られ、親も押さえられて、ほとりは逃げられずに一緒になったのだと、太一が言っていた。


 だが、逃げられなかった原因は、強引だったからではなく、この憎めない感じのせいなのでは、と環は危機感を覚えて始めていた。


 少なくとも、向こうは一度、結婚までこじつけた実績があるというのに。


 こちらは、まだまだ仮の夫婦で。


 そのことも心配だった。


 ……こうなる前に、早くに手篭てごめにしておくべきだったか。


 いや、それも可哀想だしな、と思いながら、ほとりを見ていると、ミカンを食べたあと、汚れた手のまま、しゃべっている和亮に、ほとりが無言でウェットティッシュを渡している。


 阿吽の呼吸のようで、面白くなかった。


 このまま、此処でこうしているのに耐え切れず、

「ほとり」

と呼びかけ、環は立ち上がった。


「そんな依頼なら、さっさと行ってみよう。

 見て確認すれば終わりなんだろ」


 お前は帰れ、と和亮に言ったが、和亮は、

「いや、俺も行く」

と言い出した。


「なんでだ……」

と見下ろすと、まだ、ぬくぬくしたこたつに入ったまま、和亮はこちらを見上げて言ってくる。


「お前ら事件に巻き込まれそうだから。


 巻き込まれたら、俺が、

『ずっと見てました、ほとりは無実です』

と証明してやるよ」

と笑う。


「ほとりだけか。

 っていうか、その場に居たら、お前も一緒に疑われるだけだと思うんだが……」


 やはり、いまいち、ツメの甘い男のようだった。


 だが、わあわあ言いながら、結局、和亮はついてきた。


 そんなところもノブナガ様と似てなくもないな、と彼の肩の上のノブナガ様を見ながら思っていた。






「この家か」


 夕暮れどき、ほとりたちは坂本という宅配業者に頼まれた依頼のために、とある家を訪れていた。


 住宅街の普通の古い一軒家だ。


 年季の入った木の塀でぐるっと囲まれた向こうには、木々が生い茂り、その更に向こうに、玄関がある。


 日はもうかなり落ちているのに、玄関の外灯はついてはいなかった。


 ……しかし、どうでもいいんだが、何故、貴方が先頭?

とほとりは、塀の切れ目のところから、玄関を覗いている和亮を見ながら思っていた。


「これ以上入ると、不法侵入になってしまうからな」

と言う彼を、環が、お前が言うな、という目で見ている。


 家の中は真っ暗で、人気はない。


 それを確認した和亮は、即行、

「なにもないじゃないか。

 さあ、帰ろう」

と言い出した。


「しかし、これで甘いもの奢ってもらえるとか、楽な商売だな、寺ってのは」

と言う和亮に、


「いや……寺の仕事じゃないし」

とほとりが小さく反論すると、


「じゃあ、お前個人で請け負ってんのか。

 怪しい霊能者みたいな仕事を。


 まあ、大抵の人間に霊なんて見えないから、好きに言えるし、楽な商売だよな」

と肩にノブナガ様をのせたまま和亮は言う。


 この男とこの手の話をすると、論争になるから、黙っているに限る、と思い、ほとりは沈黙していた。


 目は、つい、ノブナガ様を見ていたが――。


 帰ろう帰ろうとわめく和亮の横を通り、環が玄関へと向かった。


「あっ、こらっ。

 不法侵入だぞっ」

と叫ぶ和亮には構わずに、環は、


「山本さん、宅配です」

と呼びかけている。


 まあ、宅配業者とかだと敷地内に入ってっても、不法侵入にはならないか。


「何処に荷物がある」

とケチをつけてくる和亮を振り返り、環は言う。


「此処に不要なナマモノがあるから、これを送りつけてみようか」


 不要なナマモノとはなんだ? と和亮が周囲を見回すと、つられたように、ノブナガ様も周囲を見回しておられる。


 いや、そりゃ、もちろん、貴方のことですよ、とほとりは思っていたが、やはり、此処も黙っていた。


 しかし、こういう対処の仕方はあまり良くない、ということも知っていた。


 結婚しているときも、言い返したら、百倍返してくる男なので、もう、ぐっと耐えた方が早いと思い、黙っていたのだが。


 余計ストレスが溜まって、結局、すごい勢いで、言い返してしまい、千倍返ってくるという悪循環だった。


 だが、まあ、今は大丈夫だ、とほとりは思う。


 和亮はそのうち帰るだろうし。


 私は、環と神様とノブナガ様と首吊り男と、美和さんとミワちゃんと、石川五右衛門と回るこけし様の居るおうちに帰れるのだから。


 ……考えてみれば、うち、人口多いな、と改めて思う。


 でも、帰れるうちがあるっていいよな、と思っていると、暗い家の中から、唐突に、

「はーい」

と男の声がした。


 ……え?


 はーい? とほとりは再び家の方を見てみたが、やはり、中は真っ暗で、そのまま誰も出て来ない。


「ほら、帰るぞ。

 いつまで、そこに突っ立ってんだ」

と言う和亮に、


「でも、今、はーいって」

とほとりは言ってみたのだが、


「はあ?

 誰もなにも言ってないだろ。


 帰るぞ」

と言って、和亮は、さっさと帰ろうとする。


 ほとりは、まだ玄関に立っている環と視線を合わせると、


『霊ですね』


『……霊だな』

と目だけで会話した。


 とりあえず、うるさい和亮を追っ払ったあとで、また来てみることにする。





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