成仏する気かっ?


 ちょうど檀家さんが来られたので、寺に残っていた環は、お経をあげていたのだが、何故か、檀家さんに混ざって、ミワも神妙な顔で、本堂に座っている。


 成仏する気か?

と思いながら、横目に見ると、壁際には神様まで立っていた。


 どうもミワがおかしな動きをしないか見張っているらしいのだが。


 ……神様の前で読経するとか、とそっちの方が気になるな、と思っていた。


 そもそも、僧侶の資格は持っているとはいえ、なりゆきで坊主を始めてしまったので、エセ坊主くらいの気持ちで此処に座っている。


 だからこそ、檀家さんにも丁寧に応対しなければとは思っているのだが。


 偽医者の方がやさしかったとか、よく老人が言っているが、あんな感じかな、と自分でも思ってしまう。


 そのとき、スマホが鳴った。


 檀家さんのかと思ったら、さっき急いで袖に突っ込んだ自分のスマホだった。


 しまった。

 切ってなかった。


 神様、ミワ、ノブナガ様……いや、今、ノブナガ様は、今、見当たらないが。


 誰か切ってくれっ、と願うが、誰も霊現象的に切ってくれたりはしなかった。


 自分が困っているのに気づいた桧室だけが、やってきて、

「兄貴、どうやって、切ったらいいんですかね? これ」

と横で言ってくれているのだが、


 いや、どう霊現象を起こしたらいいのかなんてわかるか、と思っていた。


 ようやく鳴り止み、ほっとする。


 読経も終わり、振り向いて、口を開きかけたときに、また、スマホが鳴り出した。


 自分がサイレントにしていなかったことは棚に上げ、舌打ちしかけたとき、檀家さんの奥さんが笑って言ってきた。


「どうぞ、環さん。

 出てください。


 急ぎの用事かもしれませんよ」


 人の良いみなさんが、どうぞどうぞと言ってくれる。


「すみません」


 急ぎの用事じゃなかったら、殴る、と思いながら、画面を見ると、ほとりだった。


 檀家さんが来てるのは知ってるはずなのに、何度も鳴らして、なんの用だっ、と怒鳴って出たいところだったが、人前なので、グッとこらえて出ると、

『環っ、ミワ居るっ?』

とほとりは訊いてくる。


 しかも、俺にかけてきたわけでもないのかっ、とキレかける。


 だが、ミワにかけられないので、此処にかけてきたのだろう。


「……あとでかけ直す」

と言うと、その口調で、新婚の嫁からかかってきたと気づいたらしい檀家さんたちが、にまにましながら、こちらを見ていた。


『あ、ごめん。

 お客様だよね?


 じゃあ、あとでミワに伝えて。


 殺された山本さんが、ミワのせいで殺されたって言ってるって』


「え……」


 突っ込んで訊こうと思ったら、バシャッと電話は切れてしまった。


 かけて来なくていいときには、かけて来て。

 訊きたいときには、切りやがる~っ。


 このマイペース女めっ、とスマホの画面を見つめていたが、周囲の視線に気づき、軽く咳払いしたあとで、そのスマホをまたポイ、と袖の中に放った。


 横で、桧室が、

「兄貴、なにかしましょうかっ」

と訊いてくれているが、


 いや……特にしてもらうことはないうえに。


 兄貴って……。


 私の方がずいぶん年下みたいなんですけど、桧室さん、と環は思っていた。



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