人妻はやめとけよ
「人妻はやめとけよ」
と沼田に言われた伊佐木は、なんのことだかわからず、
「え? はい?」
とよくわからない返事をしてしまう。
ちょっとして、ああ、ほとりさんのことか、と気がついた。
「あのー、僕なんて相手にもされてないんでー。
口きいてもらえただけで、感激というか」
あれだけの美人。
しかも、いずれは代議士になるであろう長谷川環の妻だ。
いつか、子どもに、
『お父さん、長谷川先生の奧さんに腕つかまれたことあるんだぞー』
と自慢したいものだ、などと思っていた。
まあ、誰かと結婚して、父親になれればの話だが……。
彼女も居ない今、その未来は、ほとりにお茶に誘われるのと変わらないくらい、実現不可能な未来のように感じていた。
だが、沼田は、ポン、と伊佐木の肩を叩き、
「そんなことはない。
お前はいい奴だ。
……いい男かは知らないが」
と嬉しいんだか、嬉しくないんだか、よくわからないフォローを入れてくる。
「あ、ありがとうございます(?)
ところで、ほとりさんが、そこの木の前で、山本さんが剪定しているようだとおっしゃってるんですけど。
死んだときより、少し若い姿で」
とほとりの言う木の近くをチラ、と見ながら伊佐木は言う。
自分にはなにも見えないのだが、なにやら、物騒なことを口走っているようなので、山本の霊の注意をこちらに向けたくはなかった。
「山本爾ちかしって、経歴を調べた限りでは、退職して、妻亡きあと一人暮らししている普通の人のようでしたが、違うんですかね?
今、そこで剪定している山本さんは、なにかこう、殺伐としてる感じらしいんですが」
沼田に、山本がしゃべっている内容を告げると、沼田は、
「そりゃ単に、バッサリ人の首を刈るように刈れと、昔、何処かの庭師か、園芸教室の先生にでも習ったのを、そのまま覚えてるだけなんじゃないのか?」
と言い出す。
いや、何処の園芸教室の先生が首を刈るように刈れと教えると言うのだ。
なにもわかりやすくない。
というか、そんな例えで、わかりました、という奴が居たら、そいつはなにかの犯人だ。
「死因は頭部の強打だろ?
自分で滑って転んで死んだんじゃないか?
鑑識も座卓に後頭部ぶつけて死んだのかもって言ってたじゃないか」
バッサリ首を刈る、が怖かったのか、沼田は急に事故なことにして、話を閉めようとした。
「でも、井上先生は、二回頭を打ったか、殴られたかしたような痕があるとおっしゃってたじゃないですか」
「……二回転んだんだろうよ、年寄りだからな」
そんな莫迦な……。
「鑑識は座卓の端を拭いたような跡があるから、座卓で頭をぶつけたのかもって言ったんですよね?
おかしいじゃないですか。
二回も頭打って死にかけてる人間が、なんで、座卓の端を自分で拭くんですか」
「綺麗好きなんだろ。
血でもついてて、気になったから、拭いて息絶えたんだよ」
「どんな綺麗好きなんですか。
死ぬ間際に座卓を拭くとか。
そもそも、山本さん、後頭部から、血、出てなかったですからね。
血痕拭いた跡もないし」
「うるせえな。
俺は昨日、呪いの蔵に入って、つくづく、陰惨で怨念な事件には関わりたくねえなと思ったんだよ。
首をバッサリってなんだ?
お前も漬け物樽に首だけ浸かりたいのかっ。
あの蔵、なんだかわかんねえデカイこけしが箪笥の上で、ぐるぐる回ってたんだぞ。
あのときは、思ったより、怖いものが出てこなかったから、ホッとしたんだが、よく考えたら、訳わかんなくて、こええよっ!
なんで、あの寺の連中はあそこで平気で暮らしてんだっ!?
それに娘が聞いてきたんだ。
あの寺には、トコトコ歩いてやってくる人形が居て、
ワタシ、ミワチャンヨ……
って言って、ケタケタ笑うんだってよっ。
ミワチャンって、あの人形じゃないのか。
商品名は違うが。
ミワチャン、この山本の家にもあったんだろっ? 箱に入って。
これは、ミワチャンによる殺人なんじゃないのかっ?」
沼田は話しているうちに、恐怖の臨界点を突破してしまったらしく、よくわからないことを言ってくる。
昨日から、ストレスが溜まっていたのだろう。
「落ち着いてください、沼田さん。
そういえば、山本ナニガシの霊が出たら、一気に解決だよなって言ったの、沼田さんですからね。
さあ、ほとりさんに山本さんの話を訊いてもらって、一気に解決してください」
と自分では関わるつもりもなく、伊佐木はそんなことを言ってみた。
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