よかったねー、ミワちゃん


「どうぞ、お召し上がりください」


 更に人数が増え、人のひしめく掘りごたつで、ほとりは並んで座る刑事たちにみかんを勧めた。


「いえ、結構です」

と言う沼田に、


「別にこれをあげるから、繭を捕まえるなって言ってるんじゃないですよ。

 此処に座った人は、ひとつ食べないといけない決まりになってるんです」

と言うと、


「……あまってるんですか?」

と苦笑いして、伊佐木が言ってくる。


「そういえば、以前、うちに来た刑事さんは、餅を二個食べて帰っていきました」

とほとりが言うと、沼田が、


 あんた、なに刑事に出してんですか……という顔をした。


「うちに来た刑事って、刑事がお宅になにしに来たんですか?」

と沼田が突っ込んで訊いてくる。


「此処じゃないですよ。

 以前、住んでいた家の話です。


 あ、追求はしないでください」

と答えながら、なにか犯罪者のような匂いをさせてしまった、とほとりは思っていた。


 いや、単に、離婚前の話をしたくなかっただけなのだが。


「それで、刑事さん、あれから、なにかわかりました?」

とほとりが訊くと、


「いや、わからないから、訊きに来たんですけどね」

と伊佐木に言われる。


「そもそも、貴方がたは、あそこになにしに来てたんですか」

と沼田に訊かれ、


「……いえ、ちょっとご依頼を受けまして、坂本さんから」

とほとりは曖昧に答えたが、沼田はもうその話は聞いていたようだった。


「ああ、家に人の気配があるかどうか見てくれとかいう……


 お坊さんはそんな便利屋みたいなこともされるんですか?」

と沼田が環に訊いていた。


「いや、調べに行ったのは、人の気配ではなく――」


「霊の気配ですけど」

とほとりが答える。


 霊? と沼田は小馬鹿にしたように笑ったあとで、

「いやいや、失礼。

 お坊さんを前に、そんなこと言っちゃいけませんね」

と言うが。


 いや、坊主が全部霊の存在を信じているとも限らないのだが、とほとりは実家が檀家になっている寺の生臭坊主を思い出す。


「みなさん、そうおっしゃいますけど。


 いやでも、例えば、そこの刑事さんとか、肩になにか乗ってますよね」

とほとりが言うと、伊佐木はビクリとした顔をした。


 ノブナガ様はまだ、伊佐木の肩で、風に吹かれているような心地良さそうな顔をして、座っていた。


「……いえ、なにも」

と伊佐木は消え入りそうな声で言う。


 肩に戦国武将っぽいものが乗っていることを認めたくないのだろう。


「居るじゃん、そこにー」

と伊佐木の肩を指差し、ミワが笑うと、伊佐木は、


「居ませんよ、なにも。

 見えてませんから、僕」

と言う。


 ほとりと環と神様は、ん? と思った。


 別にミワの言葉がなくとも、通じる会話ではあったが。


 タイミングが良すぎる。


 それに、彼の視線は、ほとりではなく、その右側、ミワの居る場所を見ているように見えた。


「……ミワ、挨拶してみて」

とほとりが言うと、


「え? なんで?」

と言いながらも、ミワは、伊佐木に向かい、


「どうもー。

 ミワちゃんですー」

と小さく両手を振って見せる。


「あ、どうも。

 ご近所の方ですか」

と伊佐木は言った。


「……見えてるよ、この人」


 ノブナガ様だけじゃなくて、霊も見えるようだ。


「よかったじゃん、ミワちゃん」

とほとりはミワに言う。


「さっき、警察にあんたの脅しは効かないって言ったけど、この人なら、うらめしやって言ったら聞こえるよ」


「いや、特に言いたくないんだけど、うらめしや……」


 ミワは伊佐木ではなく、こちらを見て、そう言ってきた。


 



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