ユーレイ寺の嫁 ~このお坊さん、成仏させないんですけどっ~ 2

櫻井彰斗(菱沼あゆ)

あやかしの家

ある意味、呪われた夢


 月の美しい晩。


 ほとりが、いわくつきの蔵を開けると、中には物がぎゅうぎゅうに詰まっていて、今にも落ちてきそうになっていた。


 すると、後ろから、鼻につく物言いをする男の声が聞こえてきた。


『とりあえず、必要なものがなくて困るくらいまで、一度物を減らしてみたらどうだ。


 なんだ、この家は。


 ジャングルか?


 いやあ、不出来な嫁で、困ってるんですよ、ほんとに』


 不出来で、いらない嫁なら、もらってくれなくて、よかったんですけどーっ!


 後ろに居る男に向かい、叫んだほとりは、ぱちりと目を覚ました。


 今、なにか叫んだ気がする、と思いながら。


 木の天井だ……。


 一瞬、何処に居るのか、理解できなかった。

 今、前の夫に怒鳴り返したところだったからだ。


 だが、此処が、以前住んでいたマンションでないのは確かだ。


 布団にもぐっていない鼻先で、びっくりするくらい冷たい空気を感じるからだ。


 都会の断熱性の良いマンションではありえない寒さだ。


 目を閉じると、雪の降る中、外に寝かされているような気分になる。


 ……環のうちだ。


 寒さに身震いしながらも、ほとりは、ホッとし、布団に潜り込む。


 恐ろしい夫より、恐ろしい寒さの方がまだマシだ。


 そう思ったとき、

「ほとり、開けるぞ」

とさっきの男の声とは全然違う、低めでよく響く声がした。


 ああ、環の声は最高だ。


 演説しても、聴衆の耳によく響くことだろう、とまったく本人が望んでいないことを思いながらも、布団の中で丸まっていると、バサッと布団をめくられる。


「いつまで寝てるんだ、この莫迦嫁はっ。

 新田さんが八時半に来られるんだろうがっ」


 本堂の掃除はしたのかっ、と怒鳴られる。


 うーむ。

 莫迦嫁と言われても憎くない。


 罵る言葉に、なんとなく愛を感じるからだろうか。


 自分だからというのではなく、誰にでも、というのがちょっと寂しいところだが、と思いながら、あまりの寒さに、めくられて半分になってしまった布団に、のそのそと、また、潜り込む。


「ほとりっ」

と布団を全部持ち上げられた。






「前の旦那の夢を見たのよ」


 朝の掃除を終わらせ、ほとりは繭の店に来ていた。


 カウンターで、温かいココアを飲みながら、繭に愚痴る。


 殺人犯に愚痴れる喫茶店。


 ある意味、すごいな、と思いながら。


「ああ、なんかすごい男前だったとかいう」


 相変わらず、やる気もなく、クロスワードをやりながら、繭が言ってくる。


「それ、未來の見解でしょ。

 ああ……太一も言ってたか。


 でも、私は好みじゃなかったの。

 環の方がずっと格好いいわ。


 美味しい。

 繭の入れたココアって、なんでこんな美味しいんだろ。


 私が入れるのと全然違うのよね。


 そういえば、ミワちゃん、身体変えたのよ。

 箪笥の中からひとつ引っ張り出したみたい」

とほとりが言うと、


「……なんで女子って、いつの間にか話題切り替えてんだろうね。

 今、三つ変わったよ?」

と呆れたように言ってくる。


 何故、前の旦那の話がココアになって、ミワちゃん?

と言いながら、繭は皿を拭いていた。


 この年代物の店には、食洗機も乾燥機もないようだった。


 まあ、そんなにいっぺんに客が入ることもないしな、と思い、相変わらずの店内を眺めた。


 古道具の品揃えはよく見ると、入れ替わっているから、知らない間に怪しい人が買いに来て入れ替わっているのだろう。


 いや、怪しい人が買いに来るというのは、こちらの勝手な思い込みだが……。




「ミワ、元気?」

 ふいに繭がそんなことを訊いてきた。


「ああ、元気に挨拶してるけど?」

と言うと、まだやってんの? と繭は苦笑いする。


 昔なじみの友人のことでも語るように。


 おかしなものだな、とほとりは思っていた。

 生きているときは憎み合っていて、元気してる? なんてこともなかったのだろうに。


 殺し合い、憎み合って、芽生えた友情なのだろうかな……。


 そんなことを考えていたら、いつもの宅配のおにいちゃんが、こんにちはーとやってきた。


「宅配でーす」


 またあのダンボールだ。


 繭は引き出しからハンコを出しながら、

「ミワ、自分のところに送ればよかったのに、身体なかったんだろ?」

と言ってくる。


「これ、毎回、勝手にカードで引き落とされてるから莫迦にならないんだよねー」

と繭が呪いに対して、ショボイことを言い出したとき、いつものように帰らずに、宅配の人が足を止めているのに気がついた。


「どうかしたんですか?」

とほとりが振り返ると、


「いやー、それがちょっと相談がありまして。

 ほとりさんに」

とその若い宅配業者は言ってきた。


 は? 私?


 っていうか、この人、私の名前、知ってたのか、と思いながら、その男の顔を見ると、

「いやあ、有名人ですからねー、ほとりさんー」

と笑って言ってくる。


 ……どういう意味で有名人なんだろうな。


 苦笑いするほとりの前に立った、いつもの宅配業者の男の名が、坂本というのだと初めて知った。


 今まで、名札も見たことがなかったからだ。







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