人の多い寺でしたね
恐ろしい寺を無事に抜け出した刑事二人は、山道を走っていた。
「いや、無事に帰れてよかったですねー」
と運転席で伊佐木が笑う。
「そうだな。
一時はどうなることかと思ったが。
いやあ、よかったよかった」
と沼田と伊佐木は、ほっとしたように笑い合う。
だが、しばらく山道を走ったところで、沼田が気づいたように呟いた。
「――ところで、俺たちは、なにしにあの寺に行ったんだったっけな?」
幽霊寺の蔵の謎を暴きに行ったわけではなかったような……と刑事二人は今頃気づく。
「それにしても、人の多い寺でしたね」
署に戻った伊佐木たちは、それぞれが常備しているカップ麺を食べていた。
夕食前のオヤツだ。
帰る時間が遅いので、どうしても、間でいろいろと食べてしまう。
伊佐木は醤油味だが、沼田は豚骨のようだった。
さっぱりした汁をすすっている伊佐木の鼻先に、こってりとした蒸気混じりの匂いが漂ってくる。
うう。
今日は醤油の気持ちだったはずなのに、人が食べてるものの方が食べたくなるのはなんでだろうな、と伊佐木は思っていた。
自分が女子高生なら、それも一口ちょうだい、キャッキャ、とやるところなのだが。
残念だが、自分はいい年した男で、沼田も更にいい年の男なので、言わなかった。
そんなことを考えていると、向かいのデスクから沼田が訊いてくる。
「あの寺、そんなに人居たか?
長谷川環だろ? 嫁だろ?」
と指を折っていた沼田は、
「ああ、あと、山本繭か」
と付け加えて終わる。
メインの人間が最後に来るってどういうことなんだろうな、と思いながら、
「あの女の子も居たじゃないですか」
と伊佐木は言った。
「近所の子か、檀家さんちの子なんですかね?
あと、それと、おばあさんも外に居ましたよね」
と言うと、
「女の子?
そんなの居たか?」
とカップ麺の汁を飲み干しながら、沼田は言ってくる。
「ばあさんも見てねえぞ」
「ええーっ?
また、そんなこと言って、脅かそうとしてーっ」
と伊佐木は笑う。
「女子高生が居たじゃないですか。
一緒にコタツにも入ってたでしょ?」
だが、沼田は空のカップ麺の容器を脇に置くと、ノートパソコンを立ち上げながら、
「……知らんな」
と言う。
「ええーっ?
おばあさんも居ましたよねっ?
納屋の近くで、なんか微笑んで立ってたから、檀家さんかなーって」
そう叫ぶ伊佐木の言葉に被せるように、
「ばあさんも見てない」
とノートパソコンを指先でぽちぽち押しながら、沼田が言ってくる。
「だが、あの辺、年寄りがよくウロウロしてるからな」
どんなばあさんだ、と物のついでのように言われ、その辺にあったお知らせの紙の裏に伊佐木は鉛筆を走らせる。
「ま、それにしても、たくさんってほどじゃないだろう」
と沼田に言われ、
「そうですよねー。
でも、なんだかたくさん居る気がしたんです」
と言って、
「やめろよ、莫迦」
と言われた。
「お前、すぐ、雰囲気に呑まれるタイプだな」
「まあ、古いお寺ですからね」
と言うと、沼田は、
「寺は大抵古いだろ」
と言ってくる。
「いやー、うちが檀家になってる寺とか大型補修工事をやって、今、綺麗ですよー。
すごい金取られたって、うちの親、ぎゃあぎゃあ言ってましたから」
と話がそれてしまう。
それからしばらく、寺の檀家になると、金がかかる話をしたあとで、沼田が言ってきた。
「にしても、結局、山本繭に関しては、ただの宅配ミスなんだろうかな?
事件に関係ない奴をあんまり追いかけてても、時間の無駄だが」
まあ、初動捜査のミスかな、と沼田はパソコンの画面を見ながら呟く。
「最初に現場に居た連中が、山本繭に嫁さんや彼女を取られた奴らばっかりだったからな」
「いや、取ってはないんじゃ……」
と苦笑いしたあとで、伊佐木は言う。
「あっ、そういえば、交通課の
僕、あの人、好みなのにーと愚痴ると、
「山本繭なんて、地元密着型アイドルみたいなもんだろ。
ゲイだって噂もあるしな。
みんな、ただ、キャーキャー言ってるのが楽しいだけなんだよ。
……ところで、なに描いてんだ?」
と覗き込まれ、
「えっ? 沼田さんが描けって言ったんじゃないですか」
と今、描いていたものを持ち上げ、沼田に見せる。
服の辺りがまだ描きかけではあるのだが、自分が見かけた老婆の絵だ。
「……美和さんじゃないか」
えっ? と伊佐木は言った。
「美和さんだよ。
長谷川環の前の住職の」
と言いながら、沼田は立ち上がり、紙を取る。
「上手いな、お前。
刑事やめて、鑑識行って、似顔絵描けよ。
お前、美和さん知ってたのか?」
と問われ、
「え、いえ、知りませんが」
と答えた。
「そうか。
引退されたご住職さんだったんですね。
そりゃ居て当然ですよね」
と言って、
「莫迦っ。
寺行く前に言わなかったか?
あそこの前の住職が亡くなったから、今、長谷川環があの寺をやってるんだと」
と叫ばれる。
ええーっ、と伊佐木も立ち上がる。
「霊っ!?」
「居ねえよ、そんなものっ」
じゃ、あれ、なんなんですかっ? と叫んだ伊佐木に、
「ざ、残像だろ、残像。
それかお前の妄想だっ」
とどうしても霊だと認めたくない沼田がそれもどうなんだというようなことを叫び出した。
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