すっかり忘れてたーっ!
繭と話していた伊佐木が、周囲をきょろきょろと見回したあとで、
「すみません。
お手洗いお借りしていいですか?」
と言ってきた。
いや、こたつから見える位置にはないけどね、と思いながら、
「中と外にありますが」
とほとりが言うと、
「じゃあ、中で」
と伊佐木が言い、
「じゃあ、外で」
と沼田が言った。
古い家は隙間風がひどい。
二人とも冷えたのだろう。
私は、身体のあちこちにホッカイロ仕込んでるけどね、と思いながら、ほとりが案内に立ち上がると、環も立ち上がった。
環が伊佐木を奥のトイレに、ほとりが沼田を外のトイレに案内する。
「懐かしいようなトイレだな」
と外にある木とトタンで出来たトイレを見ながら沼田が呟いた。
「あっち、わき水が出る水道があるので、あそこで手を洗ってください」
と裏山の前にある小さな流しを指差すと、わかった、と沼田は頷く。
沼田がトイレに入るのを見届け、台所から中に戻ると、すりガラスのはまった引き戸を開けたそこに繭が立っていた。
うわっ、とほとりは声を上げ、後退しかける。
「なにしてんの? 繭」
と言いながら、戸を閉めると、繭は、
「いや、ほとりさん、迷子になってないかなと思って」
と言う。
「さすがに此処で迷子にはならないわよ」
と言ったあとで、ふと繭に訊いてみた。
「ねえ、『お得意様 A』って誰?」
「裏のおじいちゃんだよ」
と繭は裏山の方を指差す。
「ああ、よく骨董品持ってってる……。
もしかして、あのおじいちゃんに骨董品に見せかけた違法スレスレな物を売りさばいてるとか?」
と声をひそめて言うと、なんでだよ、と繭は言う。
「だって、さっき、繭、言ってたじゃない。
『いえ、法的には問題はないんですけど』って。
人形の話だと伊佐木さんたちには思い込ませたけど、おじいちゃんには、その品のことで証言するように言ったんでしょう?」
ご名答、と繭は小さく手を叩く。
「なにかおかしいと思ってたのよ
あんなに頻繁に、骨董品を買うだなんて」
そんな感じのおじいちゃんでもないし、と思わず言うと、
「失礼だねえ、ほとりさん」
と言いながらも、繭も笑っていた。
「ところで、違法スレスレの物ってなに?
っていうか、『お得意様 A』ってことは、Bも居るってこと?」
「Bは居ないよ。
まあ、ほとりさんにはわからないかな。
環なら、わかるかもね。
それより、刑事さん野放しにしてていいの?」
と繭は外を見る。
えっ? とほとりは後ろを振り向いた。
「ああいう人って、ゴソゴソ周囲を見て回るよ。
習慣的に。
……戸のない開けっぴろげの納屋とかも」
ええっ? と振り返ったほとりは、
死体があるんだったーっ!
と慌てて引き戸を引き開ける。
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