第4話 大精霊の目的

「えーと、そろそろ落ち着きましたか?」


 俺の絶望に染まった咆哮が止んでから数分が経過した頃だろうか、様子を伺っていた彼女が改めて話しかけてきた。


 地面に膝をつきガックリと項垂れていた俺はその声に気が付くと、顔を上げて改めて彼女――自称大精霊、カーバンクルに向かい合う。


「取り乱して済まなかった。それで君は秩序を司る大精霊、だったか? その大精霊様は一体何の目的があって俺の前に姿を表したんだ?」


 これはいわゆる、異世界転移という奴なのだろう。

 彼女の説明のお陰で異世界転移の理由と、帰る為の方法は解った。しかし、たかだか異世界人が一人この世界に迷い込んだだけで、大精霊などという格の高そうな精霊が一々姿を表して、ご丁寧に現状を説明してくれるだけ、というのも随分と親切が過ぎる気がする。


「話が早くて助かります。大きく分けて私の目的は二つあります。一つ目は先程お話した通り、異世界適合者様を探し出して、事態の説明をする事。そしてその上で現実世界への帰還を望むか、この異世界での定住を望むかをお聞きして異世界適合者様のサポートをする事」


 サポートまでしてくれるのか、しかし何だってそこまでしてくれるのだろうか。

 そこまで親切にされると俺の様な、他人から優しくされ慣れていない社会不適合者は、何か裏があるのではないだろうかと逆に勘ぐってしまう。


「そして二つ目ですが、行動を共にする事で、異世界適合者様が現実世界で加護を失うに至った原因。社会不適合者としての特性と得た力がこの世界の秩序を脅かさないかを、見極める事になります」


 やはり何か理由があったか。

 俺はふむ、と頷き続く言葉に耳を傾ける。


「先程、私がタカシ様の頬を癒やした力を覚えていますか?」


 俺は先程叩かれた左頬に手を当てて頷き返した。そういえば瞬く間に痛みが引いていったな。たしか魔法――と言いかけていた気がするが……


「先程私が使用したのは治癒の魔法。この世界は正式名称を魔法世界、秩序の力によりタカシ様が住んでいた科学世界とはまったく別の理が働いている魔法の力で文明が栄えている世界になります」


 魔法世界に科学世界か。そのまんまではあるが分かり易いな。


「さっきの急に痛みが引いたのは夢じゃなくて本当に魔法だったんだな……」


「タカシ様は現実――科学世界の『世界の意志』からその身を護る加護を剥奪されて、この魔法世界に転移してきましたが、先程お話した通りこの魔法世界にも『世界の意志』は存在しており、異世界適合者としてこの世界に転移してきたタカシ様は、新たにこの世界の加護を授かっているのです」


 異世界適合者というだけあって、俺もこの世界の住人として認められたって訳か……


「そして理の違うこの魔法世界に置ける加護の力は、異界を繋ぐ門のような秩序に反する現象から身を護るだけでなく、その身に加護の力、魔力とも呼ばれるモノを宿します」


「つまり俺も魔法が使えるようになったという事か?」


「力の適性と強さにもよりますが、何かしらの魔法は使えるでしょう。そしてここからが本題になりますが、異世界適合者とは従来数十年に一人の割合でしかこの世界に現れません。それ故なのか、彼等に与えられる加護の力は、従来この世界の住人が授かる加護に対して総じて力が強く、使い方に寄っては危険となる代物が多いとされています。そして――」


 彼女の目がスッと細められる。俺は射抜くような彼女の視線にゴクリと唾を飲み込んだ。


「――そして、皆様は本来『世界の意志』から見限られた”社会不適合者”です。科学世界において強盗や殺人などの犯罪に手を染めた結果、この世界に転移してきたという者も少なくありません。中にはこの魔法世界に転移した事で自暴自棄になってしまう者も居るでしょう。そんな人達が強大な加護の力を手にした場合、どうなると思いますか?」


 それはきっと恐ろしいことなのだろう。それに彼女は、『危険となる代物が多いとされている』そして先程、『見極める』と言った。少なからず居たのだろう、そういう力の使い方をした者達が……


「ご想像の通り、過去に転移されて来た異世界適合者様の中には、元から社会不適合者として性格が歪んでいた者、力に溺れて犯罪を犯す者が現れました。中には“魔王”を名乗り世界を滅亡寸前まで追い込んだ者も居ます」


魔王とはまたスケールのでかい奴が居たものだな。俺みたいな小心者には思い付きもしないだろう。


「そうした事態を正すべく、秩序の精霊――私という存在が生まれました。貴方がた異世界元合者様達に状況を説明し、元いた世界に帰るか、この世界に定住するかを選んで頂きサポートする為に。そして、彼等を近くで監視して、その存在がこの世界に置ける危険分子と判断されるようであれば――」


 彼女が先程同様鋭い視線のまま、こちらに向かって手を伸ばした。

 すると彼女の正面に先程の白い光とは変わって、緑色に光り輝く模様の入ったの円陣が浮かび上がった。

 先程魔法と言っていたので、これも何かしら魔法陣なのだろうか。

 そんな事を考えていると、フッと俺の横を風の様なナニカが通過するのを感じた。


 数瞬遅れて俺の後方からドゴォンという巨大な衝撃音が鳴った事に驚き振り向くと、遥か後方に広がっていた筈の湖を超えた先で、大人が手を回しても抱えきれない程の太さの木がベキベキと音を立てながら倒れている最中だった。


 その光景に唖然とし固まっている俺の後方から彼女の、冷たい言葉が響き渡る。



「――強大な力を得て世界に仇をなすその前に、私の手で命を摘み取る為に――」

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