第41話 潜入と目撃

 限定解除を行ったカー子は直ぐ様魔法陣を展開し、俺達二人を魔法で包み込んだ。


「うおッ! なんだこれ? 体が透けてッ?」


「以前使って見せた《魔力創造構築クリエイション》の応用です。魔力を絶えず変化させる事によって周囲と同化して見えるようになっています」


 要はステルス迷彩による透明化か、魔法というものにはつくづく驚かされるな。


「でも確かにコレ透けているけど、目をよく凝らせば見えてしまうのでは?」


「そこは併用して認識阻害の魔法を掛けています。以前お話した通り”限定解除”中の《魔力創造構築クリエイション》は余り燃費が良くありません。加えて周囲に同化するため常に魔力を移動、変化させているこの透明化の魔法は、今の状態では一日はおろか数刻持てば良い方です」


 どうやらあまり時間は掛けられないようだ。

 そしてこの透明化魔法、術者のカー子からは俺の位置が認識出来るらしいが、俺からはカー子の姿がまるで把握出来ない。


 おろおろしている所を急に手を掴まれて、思わず声を上げてしまいそうになった。

 カー子に手を握られた事で、俺にもカー子の存在が朧げに感じ取れるようになったのだが、急に手を握られたものだから焦ってしまった。

 

 はぐれないようにとしっかり握られたその手は、女の子特有の小さくて、それでいて柔らかい感触ばかりが際立ち、目には見えない手の平から伝わる感触に、思わず集中してしまう。

 透明化していてよかった。魔法により鏡を使っても見る事の叶わない今の俺の顔は、きっと魔法でも再現できないほど真っ赤に染まっている事だろう。


(……タカシ、着きましたよ)


(……それで、どうするんだ?)


 透明化した俺達は、魔法医の一団が入っていった倉庫の前までやって来ると、近距離でようやく聞き取れる程のひそひそ声で意思の疎通を図る。

 入り口には当然鍵が、それもかなり頑丈そうな物が掛けられているのだが、カー子はまるで動じる様子も無く扉に向かって手をかざしてみせる。


 カチャリ、と鍵の開く音がして、周囲に見張りの目が無い事を確認すると、カー子は扉を開いて中へと進み出す。

 唖然とする俺を余所に、当然のように手を引いてくるカー子の様子に、こいつ本当になんでも有りなんだな、と再認識するのだった。


 レーカス商会が保有している倉庫は、この倉庫街にも複数あるのだが、以前仕事で中を拝見した事のある倉庫と違い、この倉庫はどこか異質な雰囲気を漂わせていた。

 まず第一に静か過ぎるのだ、倉庫内には普通に貨物が置いてあるというのに、中では物音一つ聞こえない。


 そして警戒していた内部の人間との遭遇も一切ない。

最低でも俺達が追いかけてきた一団がこの中にいる筈なのに、中を探索し始めてから暫く経つが、一向に人の気配が感じられない

 まるで実際には機能していない、倉庫の見た目だけを模倣した巨大な舞台セットなのではないかと感じるような空間がそこにあった。


(……これは……そういう事ですか……)


 俺の手を引いていたカー子が、倉庫の一区画で立ち止まったかとおもうと、一言呟いた。


(……タカシ、少し下がっていて下さい)


 そういってカー子から手を離し少し下がると、巨大な木製の荷箱の一つが急に光りだした。

 

(……こっちです)


 眩しさから閉じていた目を開いてカー子の声がする方を見てみると、先程まであった筈の荷箱が消えており、そこには地下へと続く階段が出現していた。


(……これは……一体……?)


(……今の私達と同じで《魔力創造構築クリエイション》で創造った偽物の荷箱に認識阻害の魔法が掛けられていましたね。しかしこれ程の精度のものを人の身でとなると、熟練の魔法使い……それもタカシと同等の魔力量が必要になってくる筈なのですが……)


 

 なるほど、木の葉を隠すなら森の中。

 先程俺が巨大な舞台セットのようだと感じたのはあながち間違いではなく、事実この倉庫内の資材や貨物は全て、この地下への階段を隠す為だけに用意された巨大な森の役割をしていた訳だ。


 しかしそこで、俺は先程のカー子の発言に何か引っ掛かりを覚える。

 確か冒険者ギルドのアシェリーさんの話では、俺はゴーグレ始まって以来の魔力適正Aランク冒険者だった。

 そしてレーカスさんの話でも、レーカス商会であってもBランクの人材は数える程しか居ないと言っていた筈だ。


 しかしその俺と同等の魔力量保持者が、存在している。

 それもレーカス商会が保有している倉庫に頻繁に訪れて隠蔽魔法を掛け直しているという事は、レーカスさんの息が掛かっていると見て間違いないだろう。


 俺達にも秘匿されていた場所と人材、俺はレーカス商会で働き始めた初期の研修時に説明を受けていた、一つの部署の存在を思い出していた。


(……レーカス商会の……情報部門……)


 この先にあるのが恐らくその本拠地、レーカス商会の闇を担い、一連の疑問の答えが隠されている場所なのだろう。

 俺は再びカー子の手を取り一度大きく深呼吸をすると、今度は彼女の前を歩き一歩、そしてまた一歩とゆっくり階段をおりていった。



 ◇



 そこはまるで地下とは思えない――いや、地下だからなのだろうか。一面を白い壁に覆われ、天上から眩しい程の光が照らされる研究施設の様な空間が広がっていた。

 元々秘匿性の高く、長年勤めた信頼できる人物しか配属されていないという噂の情報部門である。

 外に出払っている者も多いのか、地下施設内部にはまばらに人が居る程度だった。


 透明化してるとはいえ、先程の《魔力創造構築クリエイション》を施した術者が内部にいれば、いくらカー子の魔法といえども看破される可能性があるとの事で、俺とカー子は物陰に隠れながら、出来るだけ人目に付かないように奥へと進んだ。


 暫く進んだところで、俺達はお目当ての一団を発見する事に成功した。

 外部の魔法医と偽ってキキーリアの検査に訪れていたレーカス商会情報部門の面々である。

 そして予期していたとはいえ、ここで出会う事までは想定していなかった人物が彼等と話をしている姿を視界に捉え、俺は湧き上がる感情を抑えて強く唇を噛み締めた。


(……信じたく無かった……でも、やはり貴方が絡んでいるんですね。レーカスさん……!)

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