第40話 検査と尾行

 物語の英雄様がカー子の知り合いとは、異世界も随分と狭いものだな。


 しかし、ロリコンだの鳥肌だの散々悪態をついていた割には、光の騎士の事を語るカー子の表情は、どこか懐かしむようで、それでいて優しい顔をしていたように感じた。


 そういえば初めて森で出会った時、魔王の話を踏まえた自分の目的以外にも、もう一つ自己紹介をされた事を思い出す。


『それにこの呼び方は昔、別の異世界適合者様に付けて頂いた大切な呼び名です!』


 もしかしたらその異世界適合者というのが、光の騎士の事だったのかも知れない。

 光の騎士の話をしているカー子の様子を思い出して、ふとそんな考えが頭をよぎった。


「タカシ、出てきましたよ」


 そんな思考を遮るかのように、彼女によって俺の意識は現実へと呼び戻される。


「よし、尾行つけるか」


 以前聞いた話によると、レーカスさんはキキーリアの体質、『吸魔の加護』を抑えるための研究をしてくれているとの事だった。

 定期的に数名のスタッフを引き連れた外部の魔法医を呼び寄せて、彼女の検査をして貰っているそうなのだが、その検査の内容が少し引っ掛かったのだ。


 キキーリアの話によると、検査では細い針のような物で数回刺されて、血を抜かれると言っていた。

 細い針のような物とは恐らく注射の事だろう。ような物と彼女が言ったのは、実際に彼女は実物を目にしていないからである。


 どうやらキキーリアは検査の際に目隠しされているらしい。

 魔法による注射時の痛覚完全遮断、異世界の注射は科学世界よりも優れている。

 それ故に幼い子は針を見て泣いてしまったり、暴れると危ないという理由で、皆目隠しをして気付かないうちに注射を済ませてしまうのだそうだ。


 少し前に同じ話を聞いていれば、異世界の注射が凄いという話で済んだのだろうが、巨大魔法陣とキキーリアの正体を知った今では話が違ってくる。

 

 ゴーグレ全域を覆う水路を使った巨大魔法陣の正体は巨大罠魔法陣を隠す為のダミー魔法陣だった。

 そして罠魔法とは、魔法陣の上に乗った対象から魔力を奪い取る魔法陣だ。

 対してキキーリアの『吸魔の加護』も周辺の対象から少量ながら魔力を奪い取る加護の力。

 そしてそのどちらにもレーカスさんが関わっているとなれば、何か関係性があるのではと疑いたくもなってくる。


 先程キキーリアと話したように、彼女は検査の後は一日安静にしてなければならないらしい。

 俺が話を聞いた限りでも、彼女は至って普通の検査しか受けていない。それにも関わらず、検査の後は面会謝絶の用安静である。

 そして実際にキキーリアは、検査の後は安静にしていなければならないほど体調を崩すらしい。それも毎回の事だそうだ。


 そこで俺は気付いた。俺が聞いた検査内容は、確かに至って普通のものだった。簡単な質問から始まり、触診、採血など現実世界でも行われるような検査が殆どだ。

 しかし余りにも普通過ぎた。『吸魔の加護』を抑える研究に採血が必要なのは分からなくもないが、とてもじゃないがそれだけで何とかなるとは思えない。


 そしてカー子の見解も、同様のものだった。そして一つの結論に至る。

 そもそも検査の内容も、そして目的すら違ったのではないかと。


 俺達が知っている検査の内容はキキーリアから聞いたものである。

 そして彼女は検査中に一時的に、現在行われている検査の内容が正確にわからない時がやってくる。

 そう、採血の時だ。この時キキーリアは目隠しをされていて、実際には本当に採血をされているのか見えていないのだ。

 

 実際には採血もしているのだろうが、彼女は数回採血をされると言っていた。

 この時採血の他に、何かしらの投与をされているのでは無いだろうか。その結果キキーリアは体調を崩し、その後一日安静にしていなければならないのでは無かろうか。

 そもそもキキーリアの『吸魔の加護』の治療という目的自体がまやかしであり、彼女へ注射を行う行為そのものが真の目的では無いのだろうか。


 考え始めるとキリが無かった。故に――行動に移した。

 俺達は休日を利用してレーカス邸からの外出を申請し外に出ると、屋敷が見える場所へと移動し出入り口を監視していた。

 そして先程レーカス邸の門から出ていった魔法医の一団を尾行して、ゴーグレの商業区域の端にある倉庫街へと辿り着いていた。


「おい、カー子。あそこって……」


「ええ、悪い予感ばかり的中して嫌になりますね」


 倉庫街の一画、俺達が尾行してきた一団が入っていったのは、レーカス邸に勤める以前、レーカス商会の警備の仕事で外回りの仕事をした覚えのある倉庫の一つだった。

 あの時は、取引で使う貴重な品が補完されている為、外回りの警備を行うが、中に入る事は禁止されていると説明を受けていた倉庫なのだが……


「何が外部の魔法医だ。思いっきりレーカス商会が絡んでいるじゃねーか」


「タカシ、行きますか?」


「ああ、頼む」


 そういって俺達は、人気の少ない倉庫街から更に薄暗い路地裏へと移動すると、周囲に人が居ない事を確認して”限定解除”を行った。

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