第42話 地下施設の密談
何がキキーリアを治療する為に呼び寄せた外部の魔法医だ。思いっきり内部の人間じゃないか。
寂しそうな顔で儚い夢を語ってくれたキキーリアの顔を思い出し、こみ上げてくる怒りに任せて飛び出そうとしたのだが、予め繋いでいたカー子の手に引っ張られて我に返る。
一度大きく深呼吸をして落ち着きを取り戻した俺は、改めて物陰に隠れると、息を潜めて一向の様子を伺い始めた。
「それで? あの子の経過はどうかね?」
レーカスさんが偽魔法医に尋ねる。あの子というのはキキーリアの事で間違いないだろう。
「ええ、順調に進んでいますよ、彼女の精霊化の実験は。あと数回の投与で器は完成するでしょう」
「長かったな……八年も――いや、二十年間、私は待ち焦がれていたのだ……扉が開く日は近い、必ず間に合わせたまえ」
「「か、かしこまりました」」
鬼気迫るというのはこういう事を言うのだろうか。
二十年と語ったレーカスさんの言葉からは、その冷静な物言いとは相反して、執念を吸い取り鉛のような重さへを纏って場の空気を飲み込んでいた。
気圧され気味に返事を返す偽魔法医と一団。
かくいう俺も、かつて見た事の無いレーカスさんの表情と発する威圧感に、息が詰まり呼吸を忘れかけていた。
「万が一の事があったとしても、今ではストックも見つかった。精霊の力さえ吸い出せれば器は壊れても構わない。とにかく結果を出すんだ」
壊れても構わないという言葉に反応してまた俺の頭に血が上りかけたのだが、その思考は背後から突如として発せられた圧迫感によって中断される。
これは――これこそが本物の殺意というべきモノなのだろうか。
カー子から発せられる殺気に当てられた俺は、一瞬硬直してしまい――そして自然と一歩踏み出そうとしている彼女に気付き、慌てて抱きつく形で抑え込む。
彼女もまた無意識だったのか、突然の抱擁に驚き我に帰ったカー子だったのだが、その一瞬が命取りとなった。
「誰だ? そこに居るのは!」
カー子の発した殺気を感じ取ってしまったのか、レーカスさんが俺達の潜む方角目掛けて声を上げたのだ。
俺とカー子は慌てて、しかし物音を立てないように慎重かつ速やかにその場を離れる。
「会長、誰もおりません!」
「ふむ、勘違いか……しかし今のは……」
間一髪の僅差といったところだろうか。その場を後にする俺の耳に、部下とレーカスさん達の会話が僅かに聞こえてくる。
「と……く、一刻も……あの子の……化を……い、……せか…………てん……の魔……を……成させ……だ」
こうして俺とカー子は地下の研究施設、そしてレーカス商会の倉庫を抜け出して、なんとかレーカス邸にある自室まで帰り着く事ができたのだった。
しかし最後に薄っすらと聞こえたレーカスさんの言葉、何かを完成させろと言っていたように聞こえたのだが、一体なんと言っていたのだろうか。
そしてカー子である。
「おい、いくら何でもキレすぎだろう。バレ掛けたし、側に居た俺のほうがビックリしたわ」
「申し訳ありません。つい彼の言葉にカッとなってしまいました」
まあ元精霊であるカー子は随分精霊という種族に誇りを持っていたようだし、同じく元精霊の子孫であるキキーリアの事も、かなり気にかけていた様子だった。
それを物の様に扱い、あまつさえ使い捨てても構わないという様な発言を、あのレーカスさんがしたのだ。頭に血が上るのも仕方なかろう。
「しかしあの時レーカスさんが言っていたストックって……」
「十中八九私の事でしょうね」
「一体いつバレたんだ?」
「恐らくですが、我々をスカウトに宿にやって来た時点でもう知っていたのでしょう。冒険者ギルドでは過去に前例が無かったようですし、私もあの様な結果が出るとは知りませんでしたが、キキーリアの研修をしていた彼ならば精霊落ちした元精霊が、魔力を一切持たず検出もされないという事を知っていても不思議ではありません」
成程、勤務先を決める際にも、長距離護送の仕事を選ばせずに、ゴーグレを拠点に生活して欲しいとレーカスさんの方から提案したり、食事の席でカー子の事を意識していた様に感じたのはその為だったか。
「キキーリアの精霊化っていうのは? 実際そんな事が可能なのか?」
「分かりません。しかし投与と言っていたからには、例の定期検診の際に何かしらの薬を投与され続けた結果として今の彼女があるのでしょう」
「今の彼女っていうと……『吸魔の加護』か!」
確かキキーリアはこの屋敷に来てから『吸魔の加護』が発現したと言っていた。カー子の分析でも野盗の襲撃に故郷ごと家族を失ったショックで、彼女の精霊としての力が先祖返りを起こし、暴走した結果が『吸魔の加護』であるという見立てだったのだが。
「ええ、随分と下衆な真似をするものです」
あの地下研究施設でレーカスさんは、最初八年と言っていた。その後に言った二十年という数字の意味までは分からないが、このゴーグレの町が出来たのが十数年前、そしてキキーリアが故郷と家族を失ったのが確か八年前だったはずだ。
考えたくもない事なのだが、どうやら俺とカー子の想像は一致してしまったようだ。もしかしたらレーカスさんは、俺達が思っていた以上に罪を犯しているのかもしれないと……
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます