第38話 光の騎士物語

「こうして、魔王を倒した光の騎士様とその仲間達は、王様からご褒美を与えられて、末永く幸せに暮らしましたとさ……めでたし、めでたし」


 キキーリアの朗読が終わり、俺はパチパチと手を叩いた。


「面白かったよ。それにキキーリアの語りもすごく上手だった」


「あ、ありがとう……ございます」


 改めて褒められると、キキーリアは照れてしまったのか、目を逸して俯いてしまった。

 彼女はこれまでの人生、屋敷の中を独りで過ごす時間が長かったため、レーカスさんが用意してくれた本を読むのが、唯一の趣味といっていい程だったらしい。


 興味があったので「どんな話が好きなんだい?」と聞いてみたところ、オススメの話を聞かせてくれたのだ。

 別に俺自身、読書は嫌いでは無いし、異世界適合の恩恵で文字は読めるので、本を貸してくれればこちらで読んだのだが、「それじゃあ、私が聞かせてあげますね!」と嬉しそうに本を手に取る彼女の姿を見てノーとは言えず、楽しそうに読み上げていく彼女の語りに対して、時々相槌を打ちながら楽しく聞かせてもらっていた。


 今彼女が俺にしてくれた話は、光の騎士物語という、この国でも割と有名な英雄譚で、突如現れて世界を恐怖のどん底に叩き落とした魔王に対して、精霊に導かれし一人の騎士が立ち上がり、仲間を集め各地を救い、最後には魔王を倒してハッピーエンドという王道的な物語だ。


 普通じゃない事といえば、この光の騎士物語、科学世界の神話やおとぎ話の類と違い、数百年前にこの大陸で、実際に起きた出来事を元に作られた実話だというから驚きだ。


 しかし光の騎士に魔王ねぇ……話が壮大過ぎて現実の話と言われてもいまいちピンと来ないのだが、魔王というワードは、最近どこかで聞いた覚えがある。一体いつの事だったろうか。

 それにしてもこの魔法が栄え、魔物の蔓延る異世界ならば、そんな伝説も実際の出来事だったのだと言われれば、信じてしまいそうになるから慣れというものは恐ろしい。


 そんな事を考えながら隣に目をやると、不服そうな顔をしたまま拍手をしている生きる伝説そのものが視界に入ってきて、俺はやれやれと嘆息するのだった。


「あ、もうこんな時間……すみません、もう行かないと……」


 魔力で動く異世界の時計――魔刻計の針が指す時間を見て、キキーリアが名残惜しそうにこちらを見てくる。


「検査が終わった後はその日一日、一人で安静にしてないといけないんだったか?」


「はい……でも折角タカ……お、お二人とお休みが重なったのに……残念です」


 何やら顔を赤くしながら、慌てた様子で言い直しているキキーリア。


「ん? どうかしたか?」


「い、いえ……な、何でも……そう……!なんでもないです!」


「そうか? ならいいのだが」


 そう言って首を傾げてみせるとキキーリアはホッと胸を撫で下ろしていた。


「それより、早く行かないと遅れてしまうぞ? 今日はここまででも、別にこれから先、いくらでもこうやって会って話せるだろう?」


「そ、そうですよね! はい……それでは、行ってきますね」


 そう言うとキキーリアは俺達に頭を下げて、トタトタと急ぎ足で屋敷の奥へと消えていった。


 別に俺は鈍感でも無ければ、難聴スキルを保有している訳でも無いので、普通に聞こえていたし、彼女から寄せられる好意的な感情にも何となくだが気付いてはいたのだが、本人は隠したがっている様子だったので、気づかないフリをしてあげている。


 周りに年が近く、こうして日常的に会話の出来る異性が居なかったのだ。そういう事もあるのだろう。

 俺から見たキキーリアは異性というよりも、どうしても年の離れた可愛い妹分の域を出ないというのが正直な感想だ。

 いつか彼女の夢が叶い、自分の足で外の世界を見て回れるようになれば、おのずと素敵な出会いもある事だろう。

 

 そんな事を考えながら、廊下の角を曲がり視界からキキーリアが消えたのを確認して手を振るのを止めると、隣に居たカー子と目が合う。

 彼女はジト目でこちらを見上げたまま呟いた。


「ロリコ……」


「断じてロリコンじゃない!」


「いいのですよ? 隠さなくたって……男は皆ああいう守ってあげたくなるような、小さくて可愛い子が好みなのでしょう? 知っていますから……」


 やけに含みのある言い方をしてくる。


「どんな偏見だよ!」


 まるで実例を知っているかのような言い方である。


「それより何だよ、さっきの拍手の時の顔は……キキーリアが気付いてなかったから良かったものの。そんなにつまらなかったか?」


 個人的には中々興味深い話だったのだが、カー子にはお気に召さなかったのだろうか?

 特に、後の大賢者と呼ばれる事になるハーフエルフの少女を仲間に迎えるシーンなどは、聞いていて手に汗握る場面だと思ったのだが。

 確か最後に光の騎士は、そのハーフエルフの少女と結ばれたのだったか。


「あー、いえ……確かには光の騎士などとは呼ばれていましたが、よもやここまで美化され語り継がれているとなると、最早鳥肌物ですね」


「何だ、その物言いは? まるで会った事でもあるかの……ような…………あるのか?」


 俺の問い掛けに対してカー子は気まずそうに口を閉じたまま目を逸した。

 彼女の無言が肯定の証となり、俺の頭の中では一つの方程式が組み上がっていく。


 光の騎士は精霊に導かれて魔王と戦う為に立ち上がった騎士である。

 どうやらカー子は光の騎士と面識があるようだ。

 そしてカー子の正体は『秩序の大精霊・カーバンクル』である。


 つまり光の騎士物語に出てきた精霊というのは――


「私ですね……」

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