第21話 ワイバーン戦

 俺は目の前の状況に焦りつつも、まるで慣れた手つきでカッターを取り出すと、自分の左手指先に押し当ててカー子に視線を送った。


 カー子によると俺の血中の魔力濃度は、一度カー子が血を吸い取って『限定解除』を行うと、摂取した血液量にもよるが、最短で二、三日程度のインターバルをおいて回復するらしい。


 俺がこの異世界に転移してきてから、俺とカー子は都合10回以上に渡って『限定解除』を行ってきた。初日にカー子が俺に説明していた”魔眼封じ”の為である。

 カー子が精霊状態の時に使える《幻想効果付与ファンタズム》という《魔法効果付与エンチャント》の上位互換にあたる魔法で、俺の眼鏡を”魔眼封じ”の魔道具へと変質させていたのだ。


 この《幻想効果付与ファンタズム》も以前にカー子が使っていた《魔力創造構築クリエイション》と同様に、定期的に重ね掛けをしなくては数日程度で”魔眼封じ”の効果が失われてしまうとの事で、俺達は数日置き周りが寝静まった頃合いを見計らって宿泊先の宿の一室で”限定解除”を行っていた。


 最後に限定解除を行ったのは二日前の夜だったろうか?

 俺は視線を送った先のカー子が「大丈夫だ」と言わんばかりに頷いたのを確認して押し当てたカッターに力を入れる。


「カー子!」


 俺の指先を咥えるカー子。


 此方に向かって迫り来るワイバーン。


 目と鼻の先まで迫った所で一旦大きく高度を上げてホバリングしながら獲物である俺達に狙いに定めるようにして見下ろしたワイバーンは、一拍置いて大きく口を開くと、真っ直ぐと俺達に向かって急降下してきた。


 目を瞑る俺、途端聞こえてくるワイバーンの叫び声。


「ピギャァアアアアアッッ――――!!」


 否、これは断じて叫び声等では無い、そう、断末魔である。

 襟首を掴まれて後方へと引っ張られる。気が付けば左手の指先からはカー子の唇の感触は消えていた。


 引っ張られた衝撃に目を開いてみると、俺の目の前――、先程まで俺達が居た正にその場所に真っ黒に焼け焦げたワイバーンが今正に落下して来た瞬間だった。

 既にワイバーンは絶命しており、その遺体のすぐ脇には、以前にも見覚えのある高熱により一部が融解した地面を発見する事が出来た。


 ジャイアントオーク戦の後に説明を受けたこの魔法の名前は《深炎の御柱フレイムピラー》というらしい。通常単体の対象を炎の柱の中に閉じ込めて焼き殺す魔法との事だ。

 今回は頭上から迫り来るワイバーンに対して対空魔法として使用したのだろう、哀れなワイバーンは自身の真下から突如として発生した《深炎の御柱》にその身を貫かれて、腹部には背中まで貫通する穴が空き、残った身体の部分は余す事なく火炙りにされてその生命を終えていた。



 ◇



 完全にやっちまった――――


 ワイバーンの死骸を放置してそのまま町へと帰ってきた俺達は、町の入り口で衛兵に囲まれると、そのまま冒険者ギルドへと連行されていた。

 どうやら街を取り囲む城壁の上で警備をしていた兵隊に、西の森からワイバーンが突如として出現し、俺達に討伐されるまでの一連の流れを見られていたらしい。


 俺はカー子の”限定解除”と精霊の姿について、一体どう説明したものかと頭を悩ませながら冒険者ギルドのギルド長室と書かれた部屋へと通されていた。


「いやはや本当に素晴らしい! 流石はこの町始まって以来の魔力適正Aランク。単体で脅威度Aランクを誇るワイバーンを屠るとは……まったく末恐ろしいとは正にこの事だ」


「はいっ?」


「とぼけなくても良い。城壁からも距離が遠かった故詳細までは確認されておらぬが、周りには他の冒険者の存在は確認出来ず、ワイバーンはお前達のいる場所で地に落ちたとの事。そして報告にあった天を穿つ炎の柱、お主の魔法で仕留めたのだろう?」


 完全に勘違いなのだがカー子の事を誤魔化す手間が省けたのは正直助かった。

 自分の手柄を全て俺の功績として奪われたカー子は隣で膨れっ面なのだが……今日は帰ったらなんでも好きな食事を頼ませてやろう。

 そのまま俺は目の前で俺達の功績を称えるギルドマスターを名乗る中年のハゲオヤジに適当に話を合わせていくのだった。

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