第22話 どうしてこうなった……

「どうしてこうなった……」


 ギルド長室を後にした俺達は重い足取りで冒険者ギルドの受付のある広間までやって来ていた。

 周囲の視線が痛い、「あれがワイバーンを単独で撃破した……」、「ほら、この間新人の適正検査で魔力適正Aランクを叩き出したって噂の……」、「俺前あいつに舐めた口聞いちゃったよ」などとそこら中から噂話が聞こえてくる。


 正直適性検査の時は舞い上がっていたものだが、あの時に感じた興味に期待といった類の視線に加えて今では羨望の眼差しまで感じる始末だ。しかも実力が伴っていない虚像の俺に対してである。

 引きこもりの社会不適合者である俺にとってこの注目のされ方は本当に辛い、またキリキリと胃が痛み出してきた。

 もしかしたら俺はこの異世界転移者史上初、胃に空いた穴が原因で死ぬかもしれない……


 ――と、俺達の方に向かって駆け寄ってくる人影が一つ、アシェリーさんである。


「タカシ様、カーバンクル様、この度はCランク冒険者への特例昇級おめでとうございます!」


 そう――、これがもう一つの胃の痛みの理由である。


 ワイバーンを単独撃破した俺達は、町の危機を未然に防いだ功績として多額の報酬と共に特例昇級措置によって冒険者ランクをCまで上げられてしまっていた。

 俺は冒険者ランクの方はそのままでいいと断ったのだが、ワイバーンを単独撃破する程の猛者を低ランクで腐らせておくなんてとんでもないと力説されてしまった。


 元々高ランク冒険者と師弟関係にあった弟子や元騎士等が冒険者登録をする際に、Fランクスタートではあまりにも周りと実力差があるとの事で、Aランク以上の冒険者の推薦がある場合に限って、冒険者登録の際にFランクでは無くCランクから始める事が出来る制度が在るらしい。

 今回はその制度を利用して元Aランク冒険者のギルドマスターの推薦という形で半ば強引にCランク冒険者へと昇格してしまったという訳だ。


「フフッ。初めてお会いした時からタカシ様には驚かされてばかりですね。G級の依頼ばかり受けているので不審には思っていましたが、まさか実力を隠されていたとは」


 アシェリーさんが俺の手を両手で握りながら羨望の眼差しを向けてくる。

 か、可愛い。そして無意識だったのか、俺の手を握っている事に気が付いたアシェリーさんは慌てて手を離した。

 その顔は、先程よりも若干赤くなっており、心なしか瞳も潤んでいるように見える。

 ん? これはもしやフラグというやつなのでは?


 難聴でも鈍感系主人公でも無い俺は、アシェリーさんから感じ取った僅かな変化を決して見逃さなかった。


 物語に登場する女性経験の無いピュアな主人公達は、天然タラシの癖に登場する女の子達から寄せられる好意に気付かず、いつの間にかハーレムが完成しているという話をよく見かける。

 しかし俺はそこに異を唱えたい。女性経験の無い童貞な男の方が下心丸出しで異性が放つ一挙手一投足に敏感に反応して一喜一憂しているに決まっているのだと。


「いえ、俺なんてまだまだですよ。俺の目指す高みは遥か頂きにありますから」


 自分でも何を言っているのか解らないし、別に高み等目指してないが取り敢えず格好良さげな台詞を吐いてみる。隣ではカー子が白い目を此方に向けてくる。

 ほっとけ、これは俺の人生最初で最後のチャンスかもしれないのだ。


 そして続くアシェリーさんの言葉に俺は硬直する。


「そうですよね。これからはCランク冒険者。最低でもD級からB級まで、命の危険を伴う依頼まで請け負うわけですから。タカシ様は高みを目指しているとこの事ですからB級の依頼を中心に受けていくのですよね? 私も依頼選び協力しますね!」 


 そう、以前冒険者登録の際にアシェリーさんから説明を受けた通り、冒険者は依頼書の中から自分の”冒険者ランク”に見合った仕事を選んで受けるのだ。

 そして冒険者は自身のランクに対応する等級から同等級、又は上下1等級以内の依頼しか選んで受ける事が出来ない。


 つまり俺達はもう安全なG級どころかF級の依頼すら受ける事が出来なくなってしまったのだ。

 アシェリーさんの言葉でその事実に気付いた俺は絶句する。そして少し間を開けると咳払いを一つしてアシェリーさんにこう告げた。


「俺、冒険者引退します」


 こうして俺の冒険者生活は、建ちかけていたフラグと共に盛大に砕けて散るのであった。

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