第20話 二つ名と襲来

 危険を冒す者と書いて冒険者である。俺はそんな冒険者に在るまじき目標を心の中で掲げながらアシェリーさんとやり取りをしていると、少し離れた場所からヒソヒソと話し声が聞こえてきた。


「相方に恵まれなかった不運だな、可哀想に」


「まあ連れの嬢ちゃんがいくら可愛くても『不適合者』じゃ、なあ?」


 俺達の様子を伺っていた他の冒険者グループである。


 俺達が冒険者になってから数日――、俺とカー子は冒険者登録初日に適性検査で叩き出してしまった”この町始まって以来の魔力適正Aランク”と、”冒険者ギルド始まって以来の適正外”の二人による凸凹新人コンビとして、この町ゴーグレを拠点とする冒険者達の間ではすっかり有名になってしまっていた。


 特にカー子はいつの間にか冒険者達の間では『不適合者』という二つ名まで定着してしまっており、俺達がG級の依頼しか受けない理由も専らカー子のせいではないか? と彼等の中では勝手な憶測が立てられていた。


 その二つ名の原因且つ実際に『社会不適合者』である俺は、既に広まってしまった勘違いに頭を悩ませながら、恐る恐る隣にいる『不適合者』――、カー子に目を向けてみる。

 彼女は般若の形相でヒソヒソ話を続けていた冒険者達を睨みつけて今正に飛びかからんとする寸前だった。


 俺は慌ててカー子を後ろから羽交い締めにすると、不安そうな瞳を此方に向けてくるアシェリーさんに軽く会釈をして、ズルズルとカー子を引き摺りながら冒険者ギルドを後にするのだった。


 頭痛の種は増えるばかりである。



 ◇



「申し訳御座いません、本日はG級の依頼は全て切らしているのですよ」


 更に数日後、俺達がいつもの様に冒険者ギルドに赴いて掲示板に依頼が無いか確認していると、俺達の存在に気が付いたアシェリーさんが近づき話しかけてきた。


 どうやら先日大量に冒険者登録の申し込みがあったらしく、本日のG級依頼は全て他の新人冒険者達が受けてしまった後との事だ。


 流石に薄給のG級専門冒険者である俺達が、昼間から暇を持て余して宿に戻る訳にはいかない。

 今は少しでも多く依頼をこなして、今後の為の蓄えを稼がなくてはならないのだ。


 俺は意を決するとアシェリーさんにお願いして、F級の中から可能な限り危険の少なそうな依頼を見繕ってもらうのだった。


 決してここでちょっと背伸びをしてE級の依頼を受けてみたりなどはしないのである。

 あくまで俺は冒険をしない冒険者という冒険者のゲシュタルト崩壊を起こしそうな冒険スタイルを貫き通すのだった。


 城壁を出て町から西へと向かった先、辺り一面が草に覆われた草原地帯に俺達は居た。

 手には冒険者ギルドの受付嬢、アシェリーさんが見繕ってくれたF級の依頼書が握られている。


 本日の依頼はF級クエスト”薬草の採取”だ。俺は依頼書に記載されている薬草の特徴を何度も見ながら、目の前の草花を掻き分けて目的の薬草を探しては採取していた。


 今回の依頼内容の薬草が生えている採取ポイントは、町からはかなり距離が離れているものの、辺り一面に遮蔽物が無く、西に向かった先にある森からも十分に距離が離れている為、日が落ちる前に町へと帰れば遠目に魔物を発見しても普通に町まで逃げ切る事が出来るという相当簡単な依頼となっている。


 流石は俺の希望を反映してアシェリーさんが選んでくれた、極力安全な依頼である。

 

 依頼内容の薬草の採取も終わり日も西に傾き始めた頃、今日は早めに町に戻ろうかとカー子と立ち上がり帰り支度を始めた時、西の森の方角から前触れも無くそれは現れた――


 巨大な爬虫類のような頭部に先端を鋭く尖らせた長い尻尾、全身を緑の鱗に包み蝙蝠に似通った皮膜の翼を腕部から生やしたそれは、ファンタジー世界の代名詞、空を駆ける翼竜――、ワイバーンそのものだった。


 俺は空を羽ばたき真っ直ぐに此方に向かってくるワイバーンを見据えると舌打ちをした。

 通常の二足歩行や獣型の魔物ならまだしも、流石にあの速度で空を飛んで来るワイバーンからは逃げ切れない。


 アシェリーさんからこの近辺には、大型の飛行モンスターは生息していないと聞いて安心していたのだが、はぐれワイバーンだろうか?

 しかし本当についていない、たった一日F級の依頼、それも冒険者ギルドの人に見繕ってもらった可能な限り簡単で危険度の低い依頼を請け負っただけでこの有様だ。


 俺は異世界適合者の筈なんだが、この世界の『世界の意志』とやらに嫌われているのだろうか?

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